“奇跡の開催”はいかにして実現したか――初音ミク米国公演への道のりを語る(2/2 ページ)
ミクの歌に上がる歓声
そして迎えた7月2日の夜、彼の自信たっぷりの言葉通りとなった会場前の風景を目にしながら、わたしは少しずつ進む入場列の中に立っていた。全てのゲートが開けられ、いずれも長蛇の列ができている。これまで使っているのを目にしたことがなかった建物脇の通用口まで入場に使っていた。
まだ陽の高いロサンゼルスの空を見上げて、2008年の7月のAnime Expoでの出来事をふと思い出した。その年の3月に発売された、あるメーカーの初音ミクのデフォルメフィギュアを使って、ノキアシアターを背景に写真を撮った。「いつか、この会場で歌うのよ」――微笑んでいる人形の彼女は、そう無邪気にカメラに向かって話しているように思えた。それが、3年を経て現実になった。それを支えてくれた人たちに感謝したい。
ライブでの出来事は既に、たくさんの人がリポートを書いているので、強く印象に残ったことを1つ書いておく。会場にいたのは、一握りの日本人以外、全てがアメリカの各州、カナダなどの隣国、そして欧州から訪れたファンだった。みんなが、ミクの歌に反応して歓声を上げていた。わたしの前にいた若い女性は最初から最後まで立って、ステージ上のホログラムのミクに向かって声を上げていた。そこには国籍も人種もなかった。ただボーカロイドの歌が好きな人たちだけだった。
コンサートが終わり会場から出たところ、広場にはまだたくさんの人々が名残惜しそうに残っていた。興奮冷めやらぬ感じでいる老若男女達の姿に、言い知れぬ感動を覚えた。その夜の酒宴は、みんな語り尽きずにいつまでも続くように思えた。
ファンイベントも活況
翌日、私のサークルがAnime Expo内で開催したボーカロイドファンパネル「みらいのねいろ -The Sound of the Future- 2011」のことも少し書いておこうと思う(パネルとは、コンベンション主催者の審査を受けた上で一般参加者が行う催し物。自由度の高い講演会のようなもの)。今回3回目の開催となったパネルでは、ボーカロイドクリエイターのPENGUINS_PROJECT、sunzriver、ZANEEDS、絵師のゆうきPをゲストに呼び、ミュージックビデオの上映やゲストの新作発表などを行った。
ゲストも私たち主催者と同様、みな日本から自腹での参加だったが、海外のファンに直接作品を紹介できる機会とあって新作を持って来てくれた。企業に連れて来られたのでなく、自らの意思で登壇してくれたゲストの方々、特別ゲストのヤマハの剣持秀紀氏には心より感謝している。
来場者は1000人くらいだっただろうか。パネル後に会場の外に出ると、たくさんのファンが残っていて、ゲストにサインや握手を求めていた。その光景を見て、今後も海外にボーカロイド文化を紹介し続け、現地のファンと日本のクリエイターの交流の橋渡し役ができれば良いなと強く思った。次はドイツで、9月に開催の独最大のアニメコンベンション「connichi」での企画を進めている。来年のAnime Expoのファンパネル企画もスタートする。
小さな出来事だけど
始まったばかりのボーカロイドの世界進出。「どうせ一部の物好きな連中の世界だけだろう」と揶揄(やゆ)する人はまだ多い。確かに、小さな出来事だろう。しかし、生身の人間でないアーティストがあのノキアシアターで有料コンサートを行い、5000人もの人で会場を埋めたのだ。
しかも、歌われた楽曲の多くが無名のアーティストによって紡ぎ出されたものだ。無名の日本人が作った日本語の歌をソフトウェアが歌い、それがアメリカで受け入れられた。それを聞いてワクワクしない人は少ないはずだ。
まだまだ小さなジャンルで世界は知らないだろう。だが日々現れる音楽世界の新人を各ジャンル毎、全て知って甲乙を付けられる人など、果たしてこの世にいるのだろうか。
小さな出来事と言えば、アメリカに行くために往復で利用したシンガポール航空の音楽プログラムに、ボーカロイドのアルバムが組み込まれていた。それも2種類(「愛迷エレジー」「あなたはどのミクに恋をしますか」)も入っていたのだ。外国の国際線機内で初音ミクの歌を聴くことができる。そんな時代にもうなったのだと思う。
いつか、「唯一無二の存在」に
アメリカのスーパーマーケットで酒を買う時に、いつも不思議に思うことがある。ウィスキーなどのハードリカーが置かれている棚で、国内に溢れている日本メーカーのブランドを探すのが難しいことだ。そんな中にただ1つ、スペインの片田舎のバーにも、メキシコの観光地の外れにあるひなびた酒屋にも、必ずと言っていいほど置かれている日本の銘柄がある。「MIDORI」という名のメロンリキュールだ。
ロサンゼルス国際空港で帰りの飛行機を待つ間に立ち寄った小さなバーにも、その甘い果実の香りを放つボトルは置いてあった。奇しくもミクと同じ緑色の光を放ち、そこが指定席のように鎮座していた。
世界から日々溢れ出る数多くの音楽の中で唯一無二の存在。聴く人は多くなくても、世界中の熱心なファンが聴き、新曲が生まれるのを待ち望んでくれる――日本から発信されるボーカロイドの歌が、そんな存在になる日も近いかもしれないと思った。
いつの日か、ふと立ち寄った異国の店先に置いてあるラジオから、彼女、彼らの歌声が流れることを夢見てロサンゼルスの街を後にした。
筆者紹介
海外へ日本文化の紹介と交流を目的に発足したサークル「Delusion Production House(D.P.H)」の主宰者。欧米を中心にボーカロイド文化を紹介する活動を行う。Anime Expoには2006年より参加しており、現在はスタッフを務めている。
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