『自分の腕を切り落とし、目を抉り出し、頭を叩き潰し……』 人生から将棋を消し去ろうとした瀬川晶司は、なぜ再びプロ棋士を目指したのか?(1/2 ページ)
遠回りをしたから気付けたこと。
一度、夢が終わったことがある将棋棋士がいる。瀬川晶司五段。プロ棋士の養成機関である奨励会に中学生で入会するも、「26歳の誕生日を迎えるまでに四段昇段できない者は退会」という年齢制限の壁に阻まれ、プロへの道を閉ざされた人物だ。
それまでの人生すべてを懸けて目指してきた夢を終わらせた瀬川さんは、しかし今、プロ棋士として盤上での戦いの日々を送っている。史上初、サラリーマンからプロ入りした異色の棋士に「好きなことを仕事にする人生」について聞いた。
自分はプロになれるという「根拠のない自信」
瀬川さんが奨励会に入会したのは1984年、14歳のときだった。8年後、22歳でプロへの最終関門である三段リーグに入り、26歳の誕生日を迎えるまで、半年のリーグ戦を8回戦えるチャンスを得る。
「三段リーグに初めて参加するときは、みんなワクワクしていると思います。自分は、自分だけはプロになれると思っている。一期で抜けてやる、と初めはすごく楽しみにしているんですよ」
瀬川さんは、三段時代の生活をこう振り返る。
「でも、やっていくにしたがって、気持ちが重くなってくる。自分の場合、不安が出てきたのは、年齢制限が見えてきた24歳を越えた頃からでした。ただ、まあ大丈夫だろう、自分はプロになれるだろう、という根拠のない自信はあったんです」
「プロ棋士や奨励会員と練習将棋を指す研究会は週に2、3回やっていましたけど、思い返せば後半は結構遊んでいたな、全然だめだったなと思います。自分では勉強しているつもりでいましたけど、将棋を指すだけなら勉強していなくても指せるんです。
研究会に行く前に『今日はこの作戦でやってみよう』と準備したり、終わった後に指した将棋を反省したりして、次に生かすかどうかで全然違う。僕の場合は週に2、3回と言っても、ちゃんと真面目にやっている研究会とそうじゃない研究会があった。ストイックさに欠けていたと今では思います」
中野に借りていた瀬川さんの下宿先のアパートは、同じ奨励会員や仲の良いプロ棋士たちのたまり場となっていった。
「寂しがりやだったんですよね。部屋がたまり場になっていたのを嫌だと思わない自分がどうだったのかなと思います。一人暮らしで時間も自由なので、遊びに誘われるとすぐに行ってしまっていた。年齢制限から逃げるというか、人と遊んで気分を紛らわせていたのかもしれません」
「すべて無くなってしまった、消えてしまった」
1996年、年齢制限となる26歳を迎えた瀬川さんは、最後の三段リーグでも結果を残せず、奨励会を去ることになってしまう。
「退会が決まったときの気持ちは言葉では伝えづらいけど……絶望、ですよね。すべて無くなってしまった、すべて消えてしまったような。なんだかんだ言いながら、自分もプロにはなれるんだろうなと思っていたから、『こんなことがあるんだ』と。自分の人生にそんなひどいことが起こるとは思わなかった。こんなことになるならどうしてもっと頑張れなかったのかな、という後悔がありました」
僕はゼロになった。小学五年生からこの歳になるまで将棋しかやってこなくて、将棋がなくなったんだから、ゼロだ。残りは一ミリもない。ゼロだ、ゼロ。
そこまで理解した僕は自分の腕を切り落とし、目を抉り出し、頭を叩き潰したくなる衝動に駆られた。こんなもの、もうあってもしょうがない。ないほうがいい。無意味で無能で、かっこだけ人間みたいなのがよけい腹立たしい、僕の体、僕の全部。
(『泣き虫しょったんの奇跡』 瀬川晶司 pp.213-214より)
驚きを含んだ絶望を経て、奨励会を去った瀬川さんは、一度は自分の人生から将棋を消し去ろうとする。将棋駒を捨て、本や棋譜を捨て……何もする気の起きない無気力な日々を過ごしていた。
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