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» 2018年11月24日 20時00分 公開

「絵とセリフによる表現」の限界はどこなのか? レビュー不可能な漫画『ムラサキ』を(無理やり)レビューする

LINEマンガで無料配信中の異色作。

[正しい倫理子,ねとらぼ]

ムラサキ LINEマンガ (C) Kibidango / LINE

 厳男子『ムラサキ』(LINEコミックス)の魅力を説明するときに、レビューという形式は不適切なのだと思う。ページからあふれるこの圧力を、この魂を、言葉で説明するのはなんともばかばかしいまねに思えてならない。本当なら、たいまつに火をともして円形にならべて中心に立ち、このコミックスを握りしめながら泣き叫んでのたうち回るとか、そういうやり方で注目してもらう方がよっぽど本作の素晴らしさが伝わるのではないか。しかしインターネット上ではそれを実行するのが困難であるため、野暮(やぼ)を承知で、『ムラサキ』の魅力を文章に書き起こしてみたい。

 これは何の漫画か。創作ダンスの物語である。主人公は名前を一条紫(ムラサキ)といった。ダンスに魅入られ、ダンスに世界を変える力があると確信している彼女は、入学した高校で創作ダンス部を創設しようと考える。入部してくれそうなメンバーを探すなか、ムラサキは1人の同級生に目をつけた。その名は翡翠翔之助。


ムラサキ LINEマンガ 翡翠翔之助(左)と一条ムラサキ(右・主人公)

ムラサキ LINEマンガ 美少女の菫ソラ(すみれそら)

 彼は幼なじみの美少女・菫ソラに執着し、彼女の背後で黙って彼女のためだけに踊り続ける、謎の青年であった。この踊りが、とにかくすごい。足音ひとつ残さずに、周りの空気を組み替えるようなダンス。ムラサキは翔之助の舞踏に魂が震える感覚を覚え、同時に彼が一心に慕うソラに対して嫉妬すら感じてしまう。


ムラサキ LINEマンガムラサキ LINEマンガ 翔之助のダンス

 一方でソラは翔之助を心配していた。子どもの頃、ソラと翔之助は会話なしにわかりあっていた。しかし、ソラは前より鈍ってしまったのだという。翔之助だけが、ソラとわかりあっていたあの頃の感覚を求め続ける。自分はもう、彼についていてあげられない。このままではよくない。そう思っていたソラは、ムラサキを翔之助の新たな理解者だと直感する。ダンスの力を誰よりも信じているムラサキと、圧倒的なエネルギーを持つダンスで森羅万象を表現する翔之助。2人が出会ったとき、誰も見たことのない新星爆発が起こる

 第1巻の山場は、翔之助のダンスシーンであろう。この場面に関してはもう、圧巻だとか必読だとか、手垢のついた表現をだらだら重ねたってどうにもならない。作中の言葉を引用するなら、これは「理性を奪う儀式」であり、「世界の秘密を暴く」まじないである。ああーーーお、あうーーーー、ああーーーーーう、ぐあーーーーー、大きな波、小さな波、影の色、光の色、宇宙。身体の内側にあらゆるものがなだれ込んでくる。ダンスが始まれば、〈あなたの身体〉も〈私の身体〉も、もはやそこにはない。あるのはただ混沌とした気のかたまりだ。融和し、分離し、接合し、断絶し、ぎゅわーんとし、どぅるどぅるし、びゃーーんとなり、ふぶしひえーーんじ、あふぐあづげぐる。そうだ、言葉はもう遙か後方へ置き去りにされた。感覚だけにしがみついて、ムラサキは向こう側を知る


ムラサキ LINEマンガ ムラサキに向けて踊る翔之助

ムラサキ LINEマンガ

ムラサキ LINEマンガ

ムラサキ LINEマンガ

 翔之助のダンスが終わったとき、ムラサキは気を失いかけ、放心のなかで涙を流した。崩れ落ちそうになる身体を抱えてくれたソラが、自分に何か声をかけていることはわかっても、何を言っているのかはもうわからない。今はただ、ソラの瞳に「宇宙の秘密を感じる」。ソラの唇のしわに「永遠の世界の実相を感じる」。目の前にある景色の先に、ムラサキは〈世界の真実〉をつかみとっていた。


ムラサキ LINEマンガ

 『ムラサキ』は、言葉の世界にどっぷりとつかるわれわれに、いやおうなく新世界を突きつける。ページをめくるごとに、ムラサキが自分の五感を開き、全身全霊でダンスに向き合っていることを、肌がひりつくほど教えられるのだ。その気に、あてられる。こんなふうにエネルギーを発散してみたいと考える。自分自身の「身体で感じる」経験の乏しさが恥ずかしくなり、もっと歩き回り、何かに触れなくてはならないと自省を迫られてしまう。画面を通して、ムラサキの熱が波及するのだ。

 絵とセリフで展開する漫画の形式を用いて、身体感覚はどこまで表現可能なのか。限界に挑もうとする作者のストイックさには、感服せざるを得ない。

 現在『ムラサキ』はLINEマンガ無料連載にて配信中だ。単行本は1巻が秋に発売され、2019年春に2巻の刊行が予定されている。まだ始まったばかりの未知数な作品であるが、一度読めばきっと「わかる」。できれば単行本のページをめいっぱいに開いて、黒く渦巻く身体の躍動を浴びてほしい。わああーーーん、うおーーーーん。



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