変態人妻は忍者である! ネット騒然の“全年齢向け”人妻バトルマンガ『淫獄団地』がたどり着いた日本製エンタメの真髄
やべー漫画です。マジで。
「団地妻もの」のルールを逆手に取る『淫獄団地』
1年半ほど前から、団地に住んでいる。当たり前だが団地というのは街中にはあまり建っておらず、おれの住んでいる団地も山岳地帯に建っている。団地の住人たちの生活を支えるそこそこ古びたショッピングモールが近所にあり、生活に必要なものはそこで買える。山を降りて街まで行くのは、映画を見るとかどうしても銭湯に行きたいとか、そういった用事がある時だ。
そんな陸の孤島に住んでいても、微妙にタガの外れた人に出くわすことがある。DJ KOOのような見た目の爺さんがショッピングモールのモスバーガーの屋外席でパック寿司を貪り食っているところを見たこともあるし、家のドアの裏に何やら手書きのお札が貼られた部屋から出てくるお婆さんを見たこともあった。自分が住んでいるのは「色々な属性の人々が住む街ではなく、普通の人が住んでいる普通の団地」だと思っているからこそ、時たま出くわすパンチの効いた人々のことが強く印象に残る。
“全年齢向け”とは思えない過激なビジュアルが話題になった『淫獄団地』を読んで最初に思い出したのは、そういったパンチ系の団地住人たちの姿である。『淫獄団地』も、タイトルの通り舞台は団地。非常に露出が激しく卑猥な服を着た「女の変質者」が出るという団地の管理人をすることになった主人公ヨシダ、そして特殊性癖を強化する謎のコスチューム「リビドークロス」を着た変態人妻たちの死闘を描いた作品だ。キレのあるセリフとぶっとんだ設定でTwitterなどで話題を集め、連載元のニコニコ漫画では1000万近いPVを獲得。まさかの「ニコニコ漫画2021年上半期ランキング第1位」に輝いてしまった。
団地では陸の孤島のような場所に多くの世帯が詰め込まれているが、住民のつながりはそれほどない。隣の人が何をしているかわからないが、しかし住民全員の生活圏がほぼ同じなので「あ、この人前にも見たな」ということが発生しやすい。前にもうっすら見たことがあるし階段ですれ違えば挨拶程度はするが、どんな人間なのかはわからない……。そんな人々がまとまって大勢住んでいるところに、『淫獄団地』の変態人妻たちは現れる。
そんな場所に住んでいる現役の団地住人として考えると、いわゆる団地妻ものはリアルというか、ある種の生々しさがある。もちろん『淫獄団地』のベースになっているのは1971年の「団地妻 昼下がりの情事」以降の団地に住む人妻を扱った作品だろう。こういった“団地妻もの”のリアリティの拠り所は「狭い団地の部屋で欲求不満をこじらせた人妻がいないとは言い切れない」という点だ。
エロい人妻の存在を否定するのは難しい。だからこそ、団地妻というジャンルは人々の想像力を刺激してきた。おれはすでにモスバーガーの屋外席で寿司を食いまくるDJ KOOみたいな爺さんを目撃している。団地には時たまイレギュラーな住人もいる以上、欲求不満をこじらせた人妻が同じ棟に住んでいないと言い切る確証がない。
そんな「いないとは言い切れない」という団地妻ものの特徴をひっくり返し、「いや、さすがにそれはおらんやろ!」とツッコミを入れる面白さに転換したのが、『淫獄団地』だろう。まず「原作:搾精研究所」の時点で「ハテ、そこでどんな研究を……?」と一言言わずにはいられないが、露出狂みたいな格好をした凶悪ショタコン人妻のワタナベさんがワイヤーをバンバン飛ばしながら管理人ヨシダを襲撃する時点で「待て待て待て」という状態に。追いつかない、ツッコミが……。
人妻危険度ランクが出てきたあたりから完全に雲行きが怪しくなり、危険度Sの「未確認反社会人妻」が存在することがわかった時点で、このマンガにおける変態人妻は『聖闘士星矢』における聖闘士みたいなもんだということが判明。エロい自撮りを噴射する人妻、敵をローションまみれにする人妻、ダンゴムシのような丸い甲羅に閉じこもる人妻などなど、それぞれの性癖がリビドークロスによって強化され、特殊能力となって管理人ヨシダを襲う! おれが知ってる人妻じゃない……これもう異能者バトルものでしょ……?
キレのあるセリフとジャンルのルールを逆手に取った展開で、「いやいや待て待て」と読者にツッコミを入れさせる。そしてそれにより、等級別に分かれた変態人妻たちのバトルトーナメントを成立させる。「隣にエロい人妻が住んでいるかもしれない」というリアリティを重要視してきた団地妻ものにおいて、これはコロンブスの卵的な発想の転換ではないだろうか。
しかし、『淫獄団地』はもうひとつ、団地妻と並び「いないとは言い切れない」という点を強みとして日本のフィクションに1ジャンルを築いてきた存在とつながっている。そう、「忍者」である。
人妻、それは忍者である
『淫獄団地』は人妻を題材にしたエロマンガのような表紙だが、実際は特殊能力を持った変態人妻たちの抗争、そしてその戦いに巻き込まれた管理人ヨシダが繰り広げる、バトルトーナメントを題材にしている。このようなバトルトーナメント要素を持ち込んだ日本のエンターテイメントの最初期の作品が、1958年に刊行された山田風太郎の『甲賀忍法帖』、そしてそれに続く忍法帖シリーズだ。
忍法帖シリーズに登場するのは、伊賀や甲賀といった忍の里で時には遺伝的な操作すら加えられながら生み出され、人知を超えた修行を積んだ忍者たちである。彼らは歴史の裏で暗躍し、互いに互いを殺しあう死闘を繰り広げ、そしてその死闘は我々の知る正史とつながっている。ある忍者は塩に溶け、ある忍者は体を無重力化して空中をカッ飛び、特殊能力を持つ忍者同士がチームを組んで激闘を戦い、正義の剣士に悪の忍者軍団が襲いかかる……。日本が誇る無類のエンターテイメント、それが忍法帖シリーズだ。
『淫獄団地』は、団地妻にこの忍法帖のエッセンスを混ぜ込んだ作品である。登場する人妻は反社会的なまでにこじらせた特殊性癖を持ち、それをさらに強化するリビドークロスで武装する。自らに深く根ざした性癖をコアに、それを増幅する装備を身につけて特殊能力で戦うという変態人妻のありようは、まさに山田忍法帖的忍者の生き様である。それに対し、リビドークロスを身につけない普通の人妻も自らの能力で対抗する。まさに人妻対人妻のチームバトルなのだ。
さらに言えば、これまで強力な人妻たちにいいようにやられていた管理人ヨシダは、2巻でとうとう人妻たちに対抗する武器「ボルタッククロー」を手に入れる。変態人妻に対抗するため、弱点を撃破できる武器を手に入れ、互角以上の戦いを繰り広げるのだ。山田忍法帖には『伊賀忍法帖』や『江戸忍法帖』など「1人のヒーローを悪の忍者軍団が襲う」というタイプの作品が存在する。今までいいように扱われていたヨシダが団地の平和を守るために敢然と人妻に立ち向かう姿は、まさにこのタイプの作品を彷彿とさせる。
そしてもうひとつ重要なのは、『淫獄団地』も山田忍法帖もエロいという点だろう。山田忍法帖はエロい。下ネタ寄りの忍術も大量に登場するし、そのスケベ忍法がストーリーを動かすギミックとなっていることもしばしばだ。一方『淫獄団地』もエロい。未成年も見るであろうニコニコ静画では黒塗りが入り、場面によってはのり弁のような状態になっている。異能者バトル要素が強すぎてつい忘れそうだが、一応『淫獄団地』もスケベなマンガなのである。『淫獄団地』のバトルを動かす原動力は間違いなく変態人妻の性癖とエロ要素であり、その点も山田忍法帖と共通しているのだ。
忍者も団地妻も、そもそもは「いないとは言い切れない」「ひょっとしたらいるかもしれない」という点がフックになって数多くの作品が作られてきた。山田風太郎は団地妻と同じく虚実の境目の存在だった忍者に強力な特殊能力を持たせ、「いないとは言い切れない」から「いくらなんでも、そりゃおらんやろ」へ忍者のありようを転換した。そしてそれゆえに、忍法帖シリーズは強烈に面白いバトルエンターテイメントとなった。これは『淫獄団地』が団地妻という概念に対して行ったのと、ほぼ同じ操作である。異能者が戦うエンターテイメントであるだけではなく、虚実の境目にある概念をいじる手つきが似ているのだ。そう、変態人妻は忍者だったのである。
『淫獄団地』は、11月9日に発売された2巻の終わりでついにバトルトーナメントものとしての本質を出してきた感がある。さらに上級の変態人妻が集結し、これまでに登場した人妻たちを撃破していく。そしてその抗争をなぜか静観する警察。変態人妻たちの戦いは一体なぜ引き起こされたのか。変な人妻が出てきて暴れるだけのマンガかと思いきや、人妻たちも一枚岩ではなく、どうやら隠された本筋が見え隠れする。今後の展開は団地妻と忍者という日本の一大コンテンツが交通事故を起こした作品にふさわしいものになっていきそうだ。猥雑で荒唐無稽であるがゆえに面白い、日本製エンターテイメントの最新型。それが『淫獄団地』なのである。
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アイティメディア営業企画/制作:ねとらぼ編集部/掲載内容有効期限:2021年11月15日