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「俺より受刑者の方が絵がうまい」受刑者の緻密な漫画背景を販売する「漫画家本舗」 絵の指導者に話を聞いた

「絵心がある人が集まったわけではありません。彼らが描いている種類の絵は、丁寧に集中力を切らさなければ出来上がるものです」

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 漫画背景を販売するサイト「漫画家本舗」がネットで注目を集めています。山口県の刑務所「社会復帰促進センター」の受刑者の更生作業として描かせた背景が販売されており、サイト自体は4月に公開されたものですが9月初頭にSNSで一気に拡散されました。

 販売されている絵は、車、バイク、部屋の風景、建物の外観、ビル群といった漫画の背景に使用されるもの。救急車の内装や、ビルの造形など、いずれも細部まで描き込まれているのが分かります。漫画家の育成ではなく、あくまで更生作業の一環として行っているという作画作業ですが、SNSではその完成度の高さから「受刑者になれば絵がうまくなるの?」といった声も挙がるほど。

 絵の指導を行っているのは、24歳で週刊少年マガジンの新人賞を受賞してから35年以上漫画に携わってきたという美祢友善塾代表の渋谷巧さん(漫画家としてのペンネームは「苑場凌」)。なぜ刑務所で絵の指導を行うようになったのか、受刑者はどのように緻密な絵が描けるようになったのかなど、渋谷さんに詳しい話を聞いてみました。


漫画家 マンガ家 マンガ 線画 デッサン トレース 救急車の車内を描いた緻密な絵(漫画家本舗より)

―― なぜ刑務所で絵を教えることになったのでしょうか。

渋谷巧: 知人がセンターでチラシ・パンフレット等の制作をしていたので、最初は見学で入りました。そこでPhotoshopやIllustratorのソフトを使い、簡単なイラストを描いていたので、漫画背景もできるのではないかと思い描いてみてもらったのですが、出来上がった絵は驚くほど雑で、途中で投げだしたようなものばかりでした。“この姿勢がこれまでの彼らのものなら、物事に対して、集中し、丁寧に、飽きず、投げ出さす、最後までやりきることをしてこなかったのではないか”と思い、物事をやり遂げることを知ってもらうために漫画の背景、精密な線画が良いのではないかと思い、指導を始めました。

 そして、ある程度描けるようになったら使う人の立場になってどうすれば作家が使いやすいかを相手の立場になり考えてくださいと指導し、最後には頑張って書き上げた絵に対してしっかり認めて評価し、最終的には受刑者が描いた背景画を漫画作品に使用することもあります。漫画世代の彼らは自分の絵が使われた本を見て、喜んでいました。

―― 「受刑者の描いた絵のレベルが高い」と話題になっていますが、画力を上げるためにどのような指導を行ったのでしょうか。

渋谷巧: 「1本の線に集中し丁寧に描く、引き初めも終わりもきちんと描く、その積み重ねです」「線は光が当たるとこ、そうでないところ、下など影になるところなど3〜4種類の太さで描いてください。意識して飛ばした線と雑に描いて飛んだ線は別物ですよ」最初に指導することはそんなところです。後は根気よく描きつづけてもらうのが大事です。

 ちょっとくらい絵心がなくても、人工物、建物や車など定規を使って描くものはできるものです。難しいのはフリーハンドで描く木や岩など自然物、さらには形の無い炎や水などで、これはセンスが必要です。こういうところが描けるセンター生が現れたら、この世界(イラストレーターの世界)を薦めるかもしれませんね。

―― 素人目からするとやはり“描いている受刑者はもともと絵心があったのでは?”と感じてしまいます。実際その点はいかがでしたか?

渋谷巧: 絵心がある人が集まったわけではありません。彼らが描いている種類の絵は、丁寧に集中力を切らさなければ出来上がるものです。

―― 出来上がった絵の完成度を見ると、受刑者の方々の学ぶ姿勢かなり真剣だったのではないかと感じています。当初とくらべて受刑者の態度の変化などはあったのでしょうか。

渋谷巧: 指導をはじめて絵がうまくなるにつれ、質問の回数が増え、質問内容も的確なものになってきました。指導開始時期と一番変わったと感じるのは彼らの目の輝きですね。


漫画家 マンガ家 マンガ 線画 デッサン トレース 訓練次第でこんな絵が描ける(漫画家本舗より)

―― 漫画の背景の販売は当初から想定されていたのでしょうか。

渋谷巧: 上達すれば私の漫画の背景に使ってみたいなとは思っていましたが、初めは受刑者からの反応も悪くつまらなそうだったので、最初は「“背景画つまんねぇしめんどくさい”などと言われて辞めるかもしれないな……」と思っていました。しかし半年近くたって、絵に対する姿勢も変わり比例するように絵のレベルも上がったので、まずは私の漫画に使おうと決めました。

 本が出たときの彼らのうれしそうな様子やレベルアップした絵を見たとき、他の作家さんにも使ってもらおうと考えました。

―― 受刑者同士が交流することで、画力の底上げがされているそうですが、受刑者同士でどのように絵を教えあっているのでしょうか。

渋谷巧: 当初スタートしたメンバーは今はいません。漫画家本舗に上がっている絵を描いた人達は全員出所しました。

 センター生同士がどのような会話をし、指導しあってるのかは知りません。私が入ったときは描ける人もそうでない人も指導して回るので。多分ですが私が教えた通り、口調も指摘の仕方もマネているのじゃないでしょうか(笑)


漫画家 マンガ家 マンガ 線画 デッサン トレース ちょっと寂れたローカル駅もこの通り(漫画家本舗より)

―― 漫画家本舗で販売している絵の売れ行きはどうですか?

渋谷巧: 友達の漫画家さんにリツイートしてもらったら、急に話題となりました。4月に漫画家本舗を開設しましたが、あれはいろいろ不具合がないかチェックのためで、PRはしていませんでした。コンテンツ数が100になったら始めようと思っていたのですが、絵を使用してもらった漫画は私の知ってる限りでは3作品だとおもいます。

 しかし今回みなさまにリツイートしてもらい多くの人に知ってもらったおかげで、DLも増えまた連載作家さんから背景を描いてくれとオファーがあり、センター生が描き始めました。

―― 出所後、絵を教えていた元受刑者の方との交流はあるのでしょうか。中には「本気で絵を描いて食べていきたい」と考える人もいるのではないかと思うのですが、どうでしょうか?

渋谷巧: 受刑者と個人的な会話は禁止されているので、入所前の彼らの事や出所後の事は全く知りません。しかし、指導の最中に「この道に進みたい」と相談を受ければ、それなりの指導や相談はするつもりです。いま現在、明確に漫画の道へと言った者はいませんが、2人ほど、出所し仕事に就いても絵は描きたいと言った者がいましたので「描いた絵はダウンロードサイトで売ってあげるよ」と答えておきました。


 今回漫画家本舗が話題になったことについて「受刑者も喜びを隠しきれない様子だった」と渋谷さん。9月12日には新しい作画チームが始動し、5時間行ったという絵の指導も常に質問攻めだったとのこと。今後についても「前のメンバー以上にいい絵を描いていきますので、これからも注目をよろしくお願いいたします」と力強く語っていました。

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