「アナタハ……ダレ……」――振り向くことすらおののく、Blu-rayノベル「忌火起草」レビュー(2/2 ページ)

» 2007年10月25日 00時00分 公開
[小城由都,ITmedia]
前のページへ 1|2       

こっ、怖いです……。大の大人がビクビクする理由

 物語のあらすじからも分かるとおり、内容は完全にホラーである。中村氏が制作発表の席で「シリーズ“最怖”」と言い切ったくらい、怖さに磨きをかけている。

 ちょっと大人びた文章でまとめてみたが、かっこつけずに正直な気持ちを言うと、自分の周囲で関係ない音がすると、それに反応してビクッとしてしまうくらい、怖い。もしこのゲームを家でひとりでプレイしていて、いきなり扉をドンドンドンと叩かれたり、チャイムが鳴ったり、携帯が鳴ったり、弟に背中をつつかれたりしたら、きっと「ぎゃぁっ!!」と叫び声を上げてしまうに違いない。

 筆者は、あまりにも怖そうな内容から、煌々と蛍光灯が輝く仕事場で、周囲にたくさん仕事仲間がいる状態の中、ヘッドフォンを最小の音量にして遊んでいた。それでも、遠くから何か音がするたびに、ビクッとなったものだし、怖すぎて「うぉ〜、ふざけんな〜おっかねぇ〜」と何度も独り言をつぶやき、周囲から白い目で見られ続けた。

 では、何が怖いのか。

 理由のひとつは、「忌火起草」のゲームシステムにある。声や効果音などは日常の音としてスピーカーから発せられ、自分の気持ちは文字で読んでいるため、その場にいる、という臨場感が半端ではない。主人公の声やセリフの内容、言い方などが自分の想像と違うことがたまにあるが、牧村弘樹という主人公の追体験をゲームでプレイしている、という感覚に慣れれば、これもそれほど気にならなくなる。

 もしかしたら、この「主人公」と「プレーヤー」の感覚のズレを利用したシナリオも、用意されているかもしれない。いや、ぜひとも用意されていてほしい。チュンソフトが作る、そういったシステムを利用したトリックは、毎度毎度ワクワクして楽しみにしている。だんだん主人公が、プレーヤーの現実と交錯してきたり、弘樹がプレーヤーに向かって急に話しかけてきたり……。そんなシナリオがあったらどんなによいだろう。あるいはもっと、突飛な使い方をしてくれるかもしれない。そのあたりはお手並み拝見ということで、楽しみにしていたい。

 プレイしていて気づいたのだが、本作を遊んでいると、携帯電話のバイブが鳴るシーンが何度か登場する。静寂の中でいきなり鳴る携帯電話のバイブの音は、相当怖い。恐怖の想像で気持ちが異世界をさまよいながらフラフラしているところを、いきなりグッと現実に引き戻され、空想の中の恐怖が現実の世界に刷り込まれてしまうのだ。「いやぁ、よく考えられているなぁ」と感心することしきり。

 音でもうひとつ気づいたことがある。大きな驚かすような効果音をあまり使っていないし、BGMの音量を大幅に上げていったりという演出も少ない。それよりも、耳元の後ろから聞こえるように「アナタハ……ダレ……」とつぶやかれたときほど、心臓が縮み上がったことはなかった。これ、ヘッドフォンではなくドルビーサラウンド5.1ch対応のスピーカーだったら、もっと怖かっただろう。静の恐怖。それも本作の見所のひとつだ。

 演出面でいえば、さすがサウンドノベルの老舗! と、うなってしまったのが、文字の使い方の巧みさ。あせっているときは速く、恐怖で思考が滞っているときにはゆっくり、など、プレーヤーの気持ちのテンポにあわせて、文字を表示する速度を微妙に変えているのだ。これはこれまでのサウンドノベルシリーズでも当然行ってきた演出なのだが、実写・実声と交わり、主人公の心の中の声のみを文字にした本作では、その職人技ともいえる演出がとてもよく体に染み込んでくる。だからこそ、映像や音声だけでなく、文字から得る恐怖も味わえるのである。

「街」に続いて再び実写を使用! その裏に覚悟と自信を見た!!

 恐怖を演出するグラフィックがかなり作りこまれている点は、本作の一番のキモであろう。どんなにリアルに描きこまれたグラフィックでも、ゲーム用のグラフィック、という観点で作ると、プレーヤーが「ゲームを遊んでいる」ことに気づいてしまう。しかしリアルすぎると今度は「映画を見させられている」気分になってしまう。その中間をうまくとり、恐怖の演出に力を入れているのがすばらしい。

 これは賛否両論出てきそうだが、本作の面白さは、やはり実写を使ったのが功を奏したのだと思う。サウンドノベルに実写を持ち込んだのは同じくチュンソフトの「街〜運命の交差点」。このソフトはユーザーから今でも高く評価されているのだが、ことグラフィックに関しては「実写を使うと想像力が限定されてしまう」という理由で批判もチラホラ噴出している(渋谷という実在の街を舞台にしたことも、本作では架空表現になっている)。しかし今回は、人間を限定する一番重要な要素である「顔」をわざとぼかした演出をすることで、登場人物に関しては想像力を限定させないように工夫している。

 実写のすばらしさは、映像技術や演出の苦労と背中合わせである。よっぽど自信がなければ、チュンソフトは実写を使わなかったはずだ。なぜなら、前出した「街」での痛い思いがあるからである。前出の昨年のインタビューから再び転載する。

中村氏 ずっとゲームを作ってきて、初めて挫折感を味わったのも「街」だったんですよ。(中略)この作品だけは数字がついてこなかったんです。周囲からは“実写を使ったのがいけなかったんじゃないか”とも言われましたが、実写だから面白くないとか、3Dだから面白いとか、関係ないと思うんですよね。実際、思い出のゲームランキングなんかを見ると、常に上位にランキングされている。非常に考えさせられる作品でした。

 これだけ痛い思いを抱きながら、しかし作品としての完成度には自信を持っていた中村氏。ここで実写を使うことには、かなりの覚悟と自信を必要としたに違いない。ゲーム業界の雄といわれる中村光一氏から、「どうよ、今度のサウンドノベルは!」と挑戦状を叩きつけられているようなもの。そんな気持ちを抱きながら、今宵も「ひぃぃ〜」と震えてプレイしてみてはいかがだろうか。

 正直な話、筆者は夜ひとりでこのゲームを遊べません。周囲にもおすすめしません。必ず、誰かといっしょに遊んでください。さもないと……。

個人的にこの写真、「弟切草」のオマージュなのではないか、とかんぐってしまうのだが……
ここにも、「街〜運命の交差点〜」のオマージュを発見。相変わらず、茶目っ気があるというか

「忌火起草」
対応機種プレイステーション 3
ジャンルサウンドノベル
発売予定日2007年10月25日
価格(税込)7980円
(C)2007 CHUNSOFT


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/14/news189.jpg 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  2. /nl/articles/2411/14/news014.jpg ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. /nl/articles/2411/14/news187.jpg 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  4. /nl/articles/2411/14/news167.jpg 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  5. /nl/articles/2411/15/news016.jpg 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  6. /nl/articles/2411/13/news176.jpg 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  7. /nl/articles/2411/15/news009.jpg 高2のとき、留学先のクラスで出会った2人が結婚し…… 米国人夫から日本人妻への「最高すぎる」サプライズが70万再生 「いいね100回くらい押したい」
  8. /nl/articles/2411/15/news058.jpg 「腹筋捩じ切れましたwww」 夫が塗った“ピカチュウの絵”が……? 大爆笑の違和感に「うちの子も同じ事してたw」
  9. /nl/articles/2411/14/news023.jpg “膝まで伸びた草ボーボーの庭”をプロが手入れしたら…… 現れた“まさかの光景”に「誰が想像しただろう」「草刈機の魔法使いだ」と称賛の声
  10. /nl/articles/2208/06/news075.jpg 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
先週の総合アクセスTOP10
  1. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  2. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  3. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  4. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」
  5. イモト、突然「今日まさかの納車です」と“圧倒的人気車”を購入 こだわりのオプションも披露し光岡自動車からの乗り換えを明かす
  6. 「この動画お蔵かも」 親子デートの辻希美、“食事中のマナー”に集中砲火で猛省……16歳長女が説教「自分がやられたらどう思うか」
  7. 老けて見える25歳男性を評判の理容師がカットしたら…… 別人級の変身と若返りが3700万再生「ベストオブベストの変貌」「めちゃハンサム」【米】
  8. 「ガチでレア品」 祖父が所持するSuica、ペンギンの向きをよく見ると……? 懐かしくて貴重な1枚に「すげえええ」「鉄道好きなら超欲しい」と興奮の声
  9. 「デコピンの写真ください」→ドジャースが無言の“神対応” 「真美子さんに抱っこされてる」「かわいすぎ」
  10. 「天才」 グレーとホワイトの毛糸をひたすら編んでいくと…… でっかいあのキャラクター完成に「すごい」「編み図をシェアして」【海外】
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた