遊んでいる姿が楽しそうなのが大事――マリオの父、宮本茂氏の設計哲学(後編)(5/5 ページ)
マリオシリーズや『Wii Fit』などで世界的な支持を得ている任天堂の宮本茂氏。その30年間の業績が評価されて、第13回文化庁メディア芸術祭では功労賞が贈られた。後編では、従来のゲームのあり方とは違った作品が開発された経緯などについて、宮本氏が受賞者シンポジウムで語った模様をお伝えする。
DSで生活を便利に
河津 今後はどういうことに取り組みたいと思われていますか?
宮本 ゲームユーザーとしてはがっかりされる話かもしれないのですが、僕はここ2年くらい、“DSパブリックスペース利用”という堅苦しい名前を付けて動いています。これは、「DSをあちこちに持っていったら、ちょっと便利なことがある」というものです。直接僕が関わっているわけではないのですが、最近ではマクドナルドさんで“マックでDS”というものをやっています。
僕が作っているものは、この間までディズニーランドの前にあるイクスピアリというショッピングモールでテスト運用していました。ショッピングモールにDSを持っていくと、地図の案内ガイドを利用できる。何もカートリッジが入っていないDSを持っていっても、ダウンロードだけで全部動くんですね。
最近はその仕組みを美術館で使おうとしています。DSにはDS同士の通信機能があるのですが、1台で15台くらいと通信できます。だから、部屋にDSを1台置いておけば、15台のDSに簡単な音声ガイドのプログラムを送ることができるのです。DSの番号を押したらその音声ガイドがストリーミングで流れてきて、しかもちょっとした絵が付いてくるという簡単な仕組みを作りました。
音声ガイドのある美術館がありますが、あれはなかなか借りないですよね。音声ガイドを借りない人はものすごく損していて、その分のお金で入館チケットが倍の価値になると思います。僕は「音声ガイドは来た人みんなが聞くべきじゃないか」と思っていて、多分主催者もそう思っているんじゃないですかね。ただ、音声ガイドを運用している会社はもうけたいので、(DSを使った音声ガイドを広めるために)志の高い人たちと会えればいいなと思うですが。
これに最近、京都精華大学の先生が興味を持ってくれて、デザイン学部ビジュアルデザイン学科の卒業展で使ってくれました(参照リンク)。専用のDSを5台くらい会場に置くだけで、あとは来場者が持ってきたDSで104種類の音声ガイドが利用できるというものです。
音声ガイドを作るには、学生さんはMP3の音声ファイルを作って、ファイルの番号をつけて、SDカードにダウンロードするだけでいいんです。後の環境は全部DS側で作っていますから。グラフィックデータと音声ファイルをみんなが持ち寄ってPCでフォルダに入れて、それをSDカードに入れてDSにさすと、それでもう自動的に配信ができるのです。ぜひ世界中の美術館に導入したいなと思いますね。
こういう仕組みを作るのは楽しいんですね。システム系の話はどうしてもハードウェア先行で動いてしまって、気が付いたらすごく高いものになっていたり、意外なところでストレスがあって快適に使えなかったりしますよね。僕らのようにインタラクティブをずっと触っている人間は、そこに一番敏感だと思うんですね。「今のコストでできるか」「ここで何秒待たないといけないのか」「気持ちよく快適に動いているか」みたいなことにすごく敏感です。
日本はこのインタラクティブの技術はすごいと思っていて、「そういう技術を何かもっと便利なことに使えたらいいのにな」と思うのです。ゲーム業界はそのノウハウをすごく持っているので、「それをゲームだけに使っているのはもったいない」と思い、そういうものを作ったりしています。
それから、教室システムというものを作っています。クラスの子どもたちが全員DSを持って、先生はノートPCを持つんですね。そのノートPCと全部のDSがつながった状態になるというものです。「ボタンを押してください」と言ったら、誰が押したかノートPCで分かって、「誰が押したか見てみましょう」ということでスクリーンに映すこともできるといった仕組みがあります。DSに手書きで答えを書くこともできるので、1対1のコミュニケーションをとりながらとか、みんなの様子を正確に知りながら授業ができるのです。これは春から販売するのですが、「そういうものを積極的に使ってくれる先生がいたらいいのになあ」と思います。
河津 何かゲーム関係でやられていることがあれば、触れていただけると。
宮本 「Wiiで発売するゼルダを作っている」と言うと、ゲームショウではどわーっと盛り上がるのですが……。「もっと体感的なものを作りたい」と思ってWiiモーションプラスというリモコンを作ったので、それをプレイヤーが使って主人公に剣を振らせて戦うというように、直感的に遊べます。……そんなこと言っても面白くないですよね、「次のことは言うな」といろいろ(笑)。新しいハードの開発とかもしていますしね。
僕は10年以上前からメディアアート展などを見に行くようになったのですが、いつもゲームショウより面白いんですよ。昔から岩井俊雄(メディアアーティスト、『TENORI-ON』の開発者)さんとかに興味は持っていますし、文化庁メディア芸術祭の展示を見ても、ゲームよりユニークなものが多いですよね。
ただ、メディアアートの人たちって作家なので、「俺の作ったものを見ろ」という感覚でいる気がします。使ってもらうわけなので、「使う人が快適に使えるように作ってほしい」と思う一方、「そういうことをやっている人たちが、ゲームというジャンルの仕事をもっとしてほしい」と本当に思います。
もっともっとつながっていかないといけない。メディアアート、ゲーム、漫画と分けているのではなくて、実は共通なので、「お互いに得意なところは出し合いましょうよ、という感覚で仕事ができたらな」と思っています。文化庁メディア芸術祭で4つのジャンル(アート部門、エンターテインメント部門、アニメーション部門、マンガ部門)を1つにまとめて扱ってもらえるのはすごく光栄に思っていますし、漫画家になりたくて、アニメーターになりたかった私がゲームクリエイターとして加えてもらっていることにすごく感謝しています。ほかのジャンルの方には、「ゲームはこんなものである」と思わずに、「インタラクティブの面白いものはゲーム機で作ってやればいい」と思ってゲーム業界に入ってきてもらえたらと思います。
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