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センサーが「幸福度」を計測する未来――日本人の心の“聖域”はどう変わるか妄想ウェアラブルの午後

日立ハイテクノロジーズが「幸福度」を測るウェアラブルセンサーを発表。心理状態を数値化した先に訪れる、日本人の変化とは――。

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 今年2月、日立ハイテクノロジーズが幸福度を定量化するウェアラブルセンサーを発表した。このセンサーは、首から下げる名刺サイズのもの。測定した個人の幸福度から、組織全体の業績向上に活用する見込みだ。

 日立ハイテクノロジーズでは、7社10組織468人の被験者に「CES-D」(※)を提出させ、取得した「抑うつ度」の自己評価を「幸福度」と定義。同時に、被験者が装着したウェアラブルセンサーから、身体運動の持続時間を計測した。

※米国国立精神保健研究所が開発した抑うつ度を診断する尺度

 分析の結果、幸福度と身体運動には相関があることが判明。それらを組織ごとに集計、平均することで「組織活性度」を導き出した。この組織活性度は生産効率と関連があるため、業績改善はもちろん、客観的な評価が難しい職場環境の改善を可能にするという。

(左)日立ハイテクノロジーズの開発した“幸福度を測る”ウェアラブルセンサー。(右)幸福度と「身体運動の持続時間」の関連性(出典:ニュースリリース

 人間の心理状態を数値化すれば、心の健康を平常に保ち、職業選択や趣味嗜好に至るまで、人生設計をサポートする福祉システムが実現するかもしれない。その一方で、こうしたシステムに不安を抱くという人も当然いることだろう。

 本記事では、そんなウェアラブルセンサーが普及した世界について、その功罪を「妄想」してみたい。

連載:「妄想ウェアラブルの午後」とは

近年急速に普及し始めたウェアラブルデバイス。腕時計型やメガネ型などさまざまな種類が登場してきているが、それらが「人々の生活をどう変えるか」についてはまだまだ議論の余地が残されている。本連載では、製品のスペックや機能比較にとらわれず、ウェアラブルの正しい(?)未来を「妄想」することに全力を注ぐ。


幸福度は個人情報化する

 労働の現場にとどまらず、教育にも幸福度の指標を導入してみよう。小学校の教室をイメージしてもらいたい。いま、クラスになじめない生徒が1人いる。教師は幸福度を見て、瞬時に問題を抱える生徒に気付き、ケアをすることができる。一見すると「めでたしめでたし」の内容だが、この生徒は「幸福度が低い」と判定されたことで、周囲から“そうした目”を向けられる。

 「幸福度が低い」というレッテルが、その人の幸福度をさらに下げていく構造の完成だ。有効性が認められ、権威化した幸福度は、テストの点数のように個人を評価し、悪循環を生む……。

 逆に、幸福度が高い人は、誰もがうらやむ存在となる。高い人と低い人が相容れることは難しく、同レベルの生徒たちが固まり各々のグループが生まれるだろう。イメージが湧かない人は、幸福度を「所得」や「学力」に置き換えてほしい。1つのクラスのなかで、幸福度の格差が生じるシナリオだ。

 かくして幸福度は、他人に易々と教えてはならず、住所や電話番号と並ぶ個人情報となっていく。幸福度が高い人は、値が張る商品も買ってくれる。幸福度が低い人は、宗教団体の勧誘の狙い目となる。「幸福度リスト」なんてものが、ビジネスの世界では出回るかもしれない。過去に類を見ないほどプライバシーに敏感な現代人。今後は幸福度に人生を大きく左右される時代がくるのかもしれない。

幸福度が日本人を変えるのか

 従来は曖昧な概念であった「幸福」の「数値化」を、危険視・問題視する人は必ず出てくることだろう。しかし、こうした傾向を単に批判で終わらせるのは早計のように思う。

 「数値化」を主題とした『マネーボール』という映画がある。野球選手の個々のデータを分析し、弱小の球団が勝ち上がっていくノンフィクション作品だ。この映画のなかでは、選手の見た目や性格による旧来の評価を見直し、データによって選手の本質を見抜いていく。

 「他人には興味はない」「悪そうな人だ」……現代の社会は、無関心や主観に満ちている。他人の気持ちに興味を持たず、推し量らなくても生きていける。ところが幸福度が見えるようになると、他人の心理状態が否応なく目に飛び込んでくる。少し窮屈な気もするこうした世界が、逆説的に、普段忘れがちな義理・人情を際立たせる結果を生むかもしれない。

 古くから日本人は「謙遜」や「以心伝心」を美徳としてきた。現代でも「聞き手上手」「奥ゆかしい」などを、彼氏・彼女の条件に挙げる人も少なくない。そうした意味で、日本人にとっての幸福度は、心の奥底に隠してきたものだ。最後の聖域とも言える幸福度が可視化される未来、皆さんはどのように「妄想」するだろうか。

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