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人工知能「Watson」が医療・ヘルスケア業界に与えるインパクト “小さなWatson”が遍在する世界とは(1/2 ページ)

「人工知能」や「機械学習」といった言葉が注目を集めていますが、これらが実際に医療やヘルスケア分野で活用されるようになると、どのような変化が起きるのでしょうか。ITヘルスケア学会の講演でIBMの元木剛氏が語った内容を紹介します。

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 人工知能や、それと関連した機械学習の一種「ディープラーニング」などの技術の精度が非常に高くなってきたことで近年注目を集めています。それらの中でもよく知られているのが、IBMが開発した質疑応答システムの「Watson」(ワトソン)です。

 Watsonは、2011年2月16日に、米国の人気クイズ番組「Jeopardy!」に出場し、そこで人間のチャンピオンに勝利したことで一躍知られるようになりました。それは約4年間の研究の成果で、特にこのクイズに勝てるようにチューニングされていたわけですが、その約90%という正答率は、チャンピオンの正答率と互角でした。

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2011年2月16日に行われたJeopardy! The IBM Challengeの様子

 現在は新しい料理のレシピ開発などにも取り組んでいることで知られています。日常生活では、正答率は90%もなくても十分に実用に耐えるといいます。

 将来的にはさまざまな分野での活躍が期待されているWatsonですが、中でもヘルスケア分野での利用には強い期待が持たれています。6月7日に熊本で開催されたITヘルスケア学会では、日本アイ・ビー・エム 成長戦略ワトソン担当理事の元木剛氏が、Watsonの医療/ヘルスケア分野での応用と今後の展望を解説しました。

医療分野で先行して進む活用

 前述のJeopardyで見事優勝を果たした半年ほど後、2011年9月15日から、IBMはWellPoint(現在はAnthem)と組んで、医療分野での応用を開始しました。保険の自動査定や医療の診断支援などに応用されるようになり、2年ほど経過した2013年くらいから成果が出始めたといいます。

 Watsonはもともと質問に答えることを得意とするシステムですが、そこからさらに進化して、人間の知的活動に関わるいろいろな機能、音声認識や画像の理解も可能になっています。また2015年に入り、ソフトバンクとの協業を発表していますが、この取り組みにより、Watsonの日本語化も進んでいます。2015年の後半には、日本語でWatsonが利用可能になるとのことです。

 Watsonの今日の利用事例は、大きく3種類あります。

  1. 質問と応答
  2. 創造的発見
  3. 判断の支援

 それぞれの分野で今どのような取り組みが行われているのか見てみましょう。

質問と応答

IBM Watson
質問に対して適切な回答を出すのはWatsonが最も得意とするところです

 質問と応答は、Watsonの最も一般的な使い方です。顧客接点での利用が多く、コールセンターでエンドユーザーと対話するシーンなどに導入されています。コールセンターに寄せられる問い合わせの多くは特定のパターンに合致するものなので、状況を聞くことで解決法が提示できる、Watsonが得意とする分野です。

創造的発見

IBM Watson
データを分析することで、答えがない質問に対して仮説や根拠を用意することも可能です

 Watsonは、創薬などの領域でも利用が始まっています。質問に対して必ずしも答えが存在しないところから、仮設や根拠を、大量のデータからあぶり出していく作業が相当します。

 デモアプリケーションとして「Chef Watson」と呼ばれる、レシピを提案するプログラムが存在します。Chef Watsonは、膨大なレシピを学習していて、一定の条件を与えると、今までになかったレシピを提案してくれるというもので、食事制限中の人に、喜んでもらえるようなレシピを提案したりすることができます。このレシピ提案は、例えば香水のようなものにも応用できるといいます。

 そのほかにも、医療文献研究報告を分析して新しい知見を得る、実施中の治験とその条件に合致する患者を見付けるといった用途に活用が始まっているWatson。

 ベイラー医科大学では、がんの新薬の研究開発に貢献したそうです。生化学研究文献の分析を通してがん治療の研究を加速させ、働きが分かっていないタンパク質など、物質の働きのめどを付けることができるようになりました。Watsonにより、プラスの働きをするタンパク質、マイナスの働きをするタンパク質、働きが分かっていないタンパク質をそれぞれ位置付け、働きが分かっていないものにはめどを付けるという研究を進めた結果、これまでは1年に1つ見付かればいいペースで進んできた研究で、働きが分からなかったタンパク質を3つも見付けることができたといいます。

 テキストで書かれているリポート類を学習し、従来だと活用するのが難しかったデータを組み合わせ、知識ベースとして活用していくシステムになってきているというわけです。ゲノム研究や大手製薬会社の感染症研究、毒性研究、新薬効果の治験・調査など、今や活用分野は多岐に渡っています。ある目的で作られた薬が、別の目的に使えることが、Watsonの分析により分かったりといった事例もあるとのこと。

判断支援

IBM Watson
過去の事例などを元に、診断や判断の支援をすることもできます

 Watsonは過去の事例などを学習し、膨大なデータを持っているので、さまざまな判断の支援にも活用が始まっています。例えば保険会社で、交通事故に保険金を払っていいかどうかを、保険約款の内容と事故の内容を判断したり、肺がんや乳がん、結腸直腸がんについての治療方針の策定を支援したり、患者や医師からのさまざまな問い合わせに対する応答を支援したりといった例があるとのこと。過去の診断情報から重要な情報を抽出し、治療に生かしたりもできるといいます。

 電子カルテが質問文のようになっていれば、Watsonはそれをインプットとして取り込み、学習した知識と照らし合わせながら、患者に関して重要なポイントが整理できます。診断に当たっていくつか足りない情報があった場合は、どういう検査をするといいか、Watsonが助言してくれ、その助言の根拠も表示できます。この根拠が確認できる「エビデンスボタン」が用意されているのがWatsonの特徴で、なぜWatsonがその判断をしたか、人間が確認できるようになっています。

 米国の総合病院Mayo Clinic(メイヨー・クリニック)では、新しい治療法や新薬を市場に投入する前に行う治験にWatsonを活用しています。新しい治療法や新薬と、その対象になる治験者をマッチングさせる作業が非常に困難で、これまではかなりの部分が計画通りに進まず、対象になる患者のうちごく少数しか治験可能ではありませんでした。ここにWatsonを導入することで、生産性が上げられるといいます。莫大な投資が行われている治験領域で成功率が上げられれば、より速く、患者にとって有効な治療法が試せるようになるといいます。

IBM Watson
米国ではすでにさまざまなソリューションが提供され始めています
IBM Watson
Watsonを活用する医療機関も増えています

 医療の領域で先行して活用が進むWatsonですが、ヘルスケア領域でも取り組みが始まっています。最近の例では、AppleやJohnson & Johnson、Medtronicsと協業して、医療関係のデータを集めて公共的なサービスを提供するパブリッククラウドを作る活動が始まっています。まだ始まったばかりで具体的な成果は出ていないといいますが、こうしたデータを活用する動きも出てきています。

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