「携帯電話を眼科用検査機器に変えられないだろうか――」
ヴァージン・グループ会長のリチャード・ブランソン氏、アップルの共同創設者スティーブ・ウォズニアック氏と、そうそうたる顔ぶれの審査員がそろったコンテスト、「タレント・アンリーシュト・アワーズ」。テクノロジー関連のアイデアや発明品を通して、職場やコミュニティーに貢献している組織や個人を、2013年から毎年表彰している。
この賞の「ベスト・スタートアップ−ソーシャルインパクト(社会に寄与する新規事業)」部門で2016年優勝に輝いたのが、ニュージーランドのオークランドを拠点とする、オードックス・アイケアだ。眼科医のホン・シェン・チョン博士らが、予防・治療可能な視覚障がいを撲滅することを目的に立ち上げた。コンテストでは、iPhoneを利用した持ち運びが可能な、眼科医用検査機器の開発が評価された。
視覚障がいを発見する検査機器が十分に普及していない現状
2014年の国連世界保健機関の報告書によれば、全盲を含めた視覚障がい者の数は、世界に約2億8500万人。うち80パーセントが予防可能、または治療可能ということが分かっている。にもかかわらず、予防・治療が行き届かず、視覚障がい者が減らないのはなぜか。初期段階の診察で行われる検査が十分でなく、正確な診断ができていないケースがあるからだ。
例えばニュージーランドでは、眼の不調でも、最初にかかる医療機関は「ジェネラル・プラクティショナー(GP)」と呼ばれる一般開業医だ。GPで解決できない症状の場合には、専門医に診察がバトンタッチされる。GPには通常、眼科にあるような検査機器の準備がないため、本来なら専門医が診るべき症状を軽症と誤診することがある。すると患者は専門医にかかれず、病状は悪化、失明する可能性が出てくるというわけだ。
また、全視覚障がい者の90パーセントを占めるのが、発展途上国の人々だ。ホン博士は眼科医としてケニアやネパール赴任中に、高額な検査機器を病院にそなえられない、病院までの交通手段がないなど、人々が直面する問題を目の当たりにしてきた。これらの障壁のために、人々は検査すらなかなか受けられず、視力を失うケースがある。
「眼科にもテクノロジーを取り入れた変革が必要」と常々考えてきたホン博士は、国内外での経験を踏まえ、「携帯電話を眼科用検査機器に変えられないだろうか」というアイデアを思いついた。そして3カ月のリサーチ、開発期間を経て産み出したのが、操作が簡単かつ安価な医師のための検査機器、「ビゾクリップ」と「ビゾスコープ」だ。現在、米国食品医薬品局をはじめ、ニュージーランド、オーストラリアの同様の組織から医療品としての認可が下りるのを待っている。
iPhoneの検査機器としての性能は
ビゾクリップは幅30mm、高さ18mm、奥行き15mmという小さな機器。しかしiPhoneに取り付ければ、iPhoneは前眼部顕微鏡として機能するようになる。患者の前眼部に、適切な角度から焦点を絞った照明をあて、検査を行う。高解像度の写真やビデオを撮ることもできる。
白色とコバルトブルーの2種類のフィルターがあり、より精密な検査にはフルオレセイン点眼で患者の眼を染色し、コバルトブルー照明を当てる。倍率は10倍で、一般的な眼科検査で前眼部を診るために使われている細隙灯(さいげきとう)顕微鏡と変わらない性能を発揮する。光の幅が広めに設定されているので、結膜炎、強膜炎、角膜の炎症、急性前部ブドウ膜炎、白内障といった疾病が発見しやすい。
一方、ビゾスコープをセットしたiPhoneは眼底カメラになる。光源はiPhoneのフラッシュライトを使用。反射を防止する、品質の高い光学クラウンガラス製レンズが用いられ、視野は50度になる。散瞳薬で瞳孔を開けば、通常の検眼鏡と変わらない簡便さながら、より精密な網膜の検査が可能だ。眼の状態を記録するための写真撮影もできる。
ビゾスコープを使えば、視神経乳頭を診ることができ、他の検査とあわせて行うことで、治療せずに放置すると失明の可能性がある緑内障の発見に役立つ。また、子どもの小さな瞳孔の観察にも向いているほか、獣医師からも、動物の目の検査に適していると関心が寄せられている。
無料で専用アプリも提供
ビゾクリップとビゾスコープを取り付けるiPhoneに、専用の無料アプリをインストールすれば、より使い勝手が良くなる。
アプリ上に、撮影した写真やビデオを患者の名前や詳細とともに保存。キー操作1つで眼科医へのメールも送信できる。また、アプリには視力検査のためのツールも含まれている。
現在、ビゾクリップの価格は225USドル(約2万3000円)、ビゾスコープは325USドル(約3万4000円)だ。価格を抑えられた理由には3Dプリンタの活用がある。同様の機能を持つ、眼科の一般的な検査機器をそろえるためには、5万USドル(約517万円)かかることを考えれば、はるかに手ごろといえる。
「社会的企業」としての確立を目指す
オードックス・アイケアのゴールは、「社会的企業」(社会的問題の解決を目的とする企業)として一目置かれる存在になることだ。その実現に向けた取り組みとして、オープンソースを実践している。初期に開発した眼底カメラのCADの設計図をWebサイト上で公開。誰もが無料でダウンロード可能で、3Dプリンタを使用すれば、ビゾスコープのプロトタイプの骨格を出力できる。「テクノロジーが、ユーザー自身の生活を暮らしやすくするものであることは事実。しかしそれに留まらず、ユーザーはテクノロジーを活用して、他者を助けることもできるのだということに気づいてほしい」という、同社のメッセージが裏にある。
また製品開発以外にも、視覚障がい者への直接的な貢献に積極的に取り組んでいる。純利益の半分を、十分に眼科診療を受けられない状況下にある人々のために投資する予定だ。利益がまだ出ていない現段階でも製品が1つ売れるたびに、南太平洋諸国で白内障の手術を1件行うことを約束し、社会貢献を怠らない。
昨今のスマートフォンの普及で、市場が拡大するモバイルヘルスケア分野でも、社会問題解決の面でも、同社のこれからの活躍が期待できそうだ。
ライター
執筆:クローディアー真理
編集:岡徳之
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