インタビュー

アニメーション監督・新海誠が語る――映像を文字にするということ『小説 言の葉の庭』発売記念(3/5 ページ)

4月11日、映画「言の葉の庭」を新海監督自らノベライズした『小説 言の葉の庭』が発売。映画と小説という異なる媒体で作品を作るとはどういうことか、新海誠監督にインタビューを敢行した。

advertisement
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

登場人物の視点を相対化することで広がるストーリー

―― 小説の中で特に思い入れのあるストーリーはありますか。

新海 さっき映画に心残りだとか、語り足りなかったことはないといいましたけれど、強いていうならば、映画で雪野をいじめていた女子高生の相澤さんの描写が、46分という中編映画の中で描くには限界があって、彼女に悪かったなあという気持ちがずっとあったんです。ほんと単純にただの悪役という見え方になってしまったなと。

 映画を作っているときから、彼女のバックグラウンドのストーリーを考えていたわけではないですが、たぶん彼女は雪野のことがかつて好きで、何かをきっかけに気持ちが反転しちゃったんじゃないか、ぐらいのイメージはありました。でも、そこまで掘り下げて映画にすると、とても尺が足りないのであの形にしたんです。

advertisement

 そういう意味で、今回小説を書くに当たって、相澤さんのエピソードをどういう風に掘り下げることができるかは、ひとつの大きなテーマでした。小説の中で一本だけ選ぶとしたら、僕にとって重要だったのは相澤さんのストーリーです。相澤さんの話の前に、伊藤先生と相澤さんの話があるんですが、孝雄と雪野の物語が主軸だとしたら、その裏側にある物語が、相澤さんと伊藤先生の話だと思うので、この本にとっては重要だと思います。

―― 牧野という存在を登場させることで、相澤さんの印象を変えたわけですね。

新海 牧野くん、相澤が変わるきっかけとなってしまった先輩男子ですね。でも、例えば牧野の物語を書くとしたら、やっぱり彼なりの事情が書かれるべきだと思うんですね。最初から悪役の属性を持って生まれてくる人なんていないわけですから。

 ただ、その相対化をどこまでも繰り返していってしまうと、本としても終わらないので、牧野は相澤の方向を曲げてしまったひとつのきっかけとしての役割に留めたんです。そんな風に視点をどんどん相対化して、彼はこの人にとってはこう見えるけれど、彼にとってみたら実はこうだったみたいなことをやりたくて、語り手を次々と変える構造で書きました。

―― 本作には多くのカップルが登場しますが、年齢差のあるカップルが多いですよね。

advertisement

新海 もともと映画本編が年齢差のある2人の物語でしたので、その2人の関係性や描写を補強するために結果的に年齢差のある人たちが出てきたのかもしれません。そもそも映画の中で、孝雄と雪野という12歳年齢差のある2人を描こうと思ったのは、年齢差のある2人を描くことが、その2人の後ろにあるそれぞれの属している社会を描くことになると思ったからなんです。

 たぶん2人は、気持ちの上だけとってみれば、単純に惹かれあうところもあるんだろうし、お互いに励まされてる、慰めあってるところもあると思います。でもストレートにその気持ちのままに行動できないのは、年齢差があるからです。

 もっと言ってしまえば、それが社会的な属性の差になるわけです。雪野は27歳ということで当然社会人で、かつ、彼女の場合は高校の先生であったわけです。孝雄は15歳の学生ですから、社会人と学生、恋愛しちゃいけないというわけじゃないですけど、でも、その社会人と学生が自分の気持ちのピュアな部分だけで、それをお互いに無遠慮にぶつけあって、付き合えるわけではないと思うんです。年上の人に対して、つい卑屈に思ってしまうとか、嫉妬してしまうようなこともあるだろうし、その人の背負っている社会的な属性との絡み合いが現実の恋愛にはあったりするでしょう。『言の葉の庭』という作品は映画でも小説でもそういったところも描きたかったんですね。

 個人のピュアな気持ちのぶつかりあいだけではなく、実際に社会の中で、社会的属性を背負った中で、どうやって人間関係を進めるか、積み上げていけばいいのかを考えたり書いたりしたくて、年齢差のあるカップルを取り上げました。


秋月孝雄と雪野百香里 (c)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

―― いろいろなカップルが登場する中で、本音をぶつけあったのは孝雄と雪野だけだと思いますが、他のカップルとの違いはどういうところにあったのでしょうか。

advertisement

新海 まずは、この物語は孝雄と雪野の物語なので、彼らの成長を描くべきだと考えました。だから孝雄と雪野が先に進むために、それぞれの本音をぶつけあうということが必要だったと思います。

 小説版に登場する他のカップルたちも、物語に描かれている以外の時間軸で本音をぶつけ合うようなことはあったと思いますよ。ただ単純に、この物語は小説も映画も孝雄と雪野の成長物語として構成していますので、この2人の描写にある程度絞っているというだけです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

記事ランキング

  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの行動”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」【大谷翔平激動の2024年 「家族愛」にも集まった注目】
  2. 60代女性「15年通った美容師に文句を言われ……」 悩める依頼者をプロが大変身させた結末に驚きと称賛「めっちゃ若返って見える!」
  3. 「庶民的すぎる」「明日買おう」 大谷翔平の妻・真美子さんが客席で食べていた? 「のど飴」が話題に
  4. 友達が描いた“すっぴんで麺啜ってる私の油絵"が1000万表示 普段とのギャップに「全力の悪意と全力の愛情を感じる」
  5. 真っ黒な“極太毛糸”をダイナミックに編み続けたら…… 予想外の完成品に驚きの声【スコットランド】
  6. 皇后さま、「菊のティアラ」に注目集まる 天皇陛下のネクタイと合わせたコーデも……【宮内庁インスタ振り返り】
  7. 71歳母「若いころは沢山の男性の誘いを断った」 信じられない娘だったけど…… 当時の姿に仰天「マジで美しい」【フィリピン】
  8. 毛糸6色を使って、編んでいくと…… 初心者でも超簡単にできる“おしゃれアイテム”が「とっても可愛い」「どっぷりハマってしまいました」
  9. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  10. 新1000円札を300枚両替→よく見たら…… 激レアな“不良品”に驚がく 「初めて見た」「こんなのあるんだ」