インタビュー

精神科病院を出て漫画家へ 『みちくさ日記』道草晴子を支えた熱きパトス(2/2 ページ)

13歳で「ちばてつや賞」ヤング部門を受賞した作者・道草晴子さんが、14歳で精神科病院に入院し、その後30歳を迎えるまでを自伝的に描いた漫画『みちくさ日記』。精神科病院という慣れない環境で過ごす中で、道草さんを漫画家たらしめたものとは一体何だったのか。

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漫画にできたことでうれしくもあり、寂しくもあった

―― 作中では、精神科病院やデイケア(編注:利用者同士で交流を図り、社会復帰などを目指すためのサービス。大きく分けて老人向けと精神科向けがあるが、ここでは後者を指す)、作業所での仕事の様子などが描かれていますが、一番つらかったと思うのはどの時期ですか?

道草 入院中かな。二度と外に出られないんじゃないかという不安があったので。あと、作業所をクビになったのも……(笑)。


精神科病院に入院し、これまでの生活との格差に絶望する。黒塗りの顔が印象的な1コマ © 道草晴子/リイド社

―― そういったこれまでの苦い経験を受け入れるのって、相当難しいことだと思います。

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道草 そうですね。なかなか受け入れられなかったんですけど、アルバイトをしていたカレー屋「茄子おやじ」店主の阿部さんに、「それはきみにとって宝物なんじゃないの?」と言われたことがあって、それで受け入れることができました。

 中学でデビューして、そのまま漫画を描いていたとしたら「みちくさ日記」のような漫画は描けなかったと思うし、自分の中ではつらい経験だったけど、忘れたくない大事なこととして覚えていたので……。


寄り道はしたが、悪いことばかりでもなかった © 道草晴子/リイド社

―― 漫画にしてみて、何か変化はありましたか?

道草 整理されて寂しい気持ちもあります。描き終わっちゃったっていう。でも、ずっと伝えたくて、描きたかったことが描けたので、それはうれしいです。

―― この「みちくさ日記」、トーチweb編集部ではどんな反応がありましたか?

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中川 意見が真っ二つでした。これはすごいっていうのと、どうなんだろうというのと。編集部で何度も議論して、最終的には掲載して世に問う価値のある作品だという結論になりました。結果として、トーチwebの作品の中でも指折りの人気作に育ったことは、編集としてもとてもうれしい成果でした。

―― 「みちくさ日記」は最終回を迎えたあと「note」で有料販売されましたよね。

中川 編集部の方針で、そういう販売方法も採ってみようと。ほかの作品もnoteで販売していますが、「みちくさ日記」は特に反響があります。応援したくなるみたいで、多くの方からご支援いただいています。

入院したその先を知ることで、希望を持ってほしい


© 道草晴子/リイド社

中川 道草さん、「病気に逃げる」っていう言葉をよく使っていましたよね。

道草 自分の中ではそういう思いが強くて。漫画を描けないことがつらくて、精神障害と向き合うことに生涯を費やそうと思ったんです。それに、いろいろなことに受け身になっちゃって、自分の頭で判断しなくなっちゃう。先生から言われたら「そうなんだろうな」って。

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―― 道草さんのそういった体験も、作品にはたくさん描かれていました。

道草 精神障害を描いた作品はあるかもしれませんが、作業所での体験や社会復帰する様子を描いた漫画ってあまりないように思うんです。転落した先が精神科病院というのはあるかもしれないですけど。

 精神科病院内の椅子でぼーっとしていたり、「あいつ頭おかしくなって病院行きだってさ」みたいな描写で話が終わっちゃう作品が多いと思います。わたしにとってはそこがスタートだったし、そこから人生は続いていく。漫画表現の中で、精神科病院は終わりの象徴みたいになっていますけど、それはぜんぜんリアルじゃないという思いが自分の中にありました。精神科病院に入院した後、その人が幸せになるストーリーだってあっていいはずなんです。

―― 道草さんが精神科病院などで知り合った方たちは幸せになっていますか?

道草 バイトしたり、福祉関係の仕事をする人もいたり。でも、デイケアで知り合った方の中には、普通に仕事できるのにわざわざ障害者枠を選択してしまう人もいました。

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 わたしを発達障害と診断してくれた先生は、わたしのことを「すごくまともですね」と言ってくれて。それまで病人として扱われていたんですが、そう言われたことで自信が持てたりしたんです。


病人扱いされなくなったことをうれしそうに話す道草さん

―― 単行本化の予定もあるんですか?

道草 はい、いまのところ10月に出る予定です。絵は少し修正を入れようと思います。

―― そうなると次回作にも期待してしまいますが、いま、新たに描きたいものはありますか?


完璧な人間なんていない。道草さんが導き出した結論 © 道草晴子/リイド社

道草 自分が伝えたいことを伝える漫画が描きたいですが、この作品が一番伝えたかったことなので、いまはほかの作品は考えていませんね。

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 精神障害になって、自分はまともじゃないという思いが常にあったんですが、健常者の友人に囲まれていたら、だんだんと病んでいない人なんていないような気がしてきたんです。

―― 最後のシーンですね。

道草 精神科病院に入院したことで自信をなくす方って結構いると思うんです。道から外れちゃったからもうおしまいだとか。この作品では、入院後のことまで描いているので、そうやってつらい思いをしている人に読んでもらって、少しでも希望を持ってもらえたらと思います。



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