インタビュー

「奴隷区」岡田伸一×「天才クソ野郎の事件簿」つばこ対談 ネット発の人気作家は何を思い、どこへ向かうのか

ネット出身の人気作家二人による対談。どんな話が飛び出すのか。

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 ケータイ小説、スマホ小説……呼び方は変われど、ネット発の小説はここ十数年、若い世代を中心に確実に定着してきた。「Deep Love」「恋空」「王様ゲーム」などの作品はその時代時代で話題を集め、近年ではそうした投稿プラットフォームも増えたことで、ひところと比べてもにぎわいを見せている。

 そうしたネット発の作家の中でも、ひときわ長期にわたって精力的に活動するのが、ミステリーホラー「奴隷区」シリーズで知られる岡田伸一氏。E★エブリスタ(以下、エブリスタ)の前身となるサービスから執筆活動を本格化させ、コミカライズされた奴隷区はコミック累計200万部を突破、2014年には元AKB48秋元才加さん主演で映画化もされた。この9月には岡田氏原作のコミックが3冊同時発売されるなど、ネット発の作家としてはトップクラスに長く執筆を続けている。

 かたや、comicoノベルで連載中の「天才クソ野郎の事件簿」(つばこ)。主人公は、医学生の問題児、天才クソ野郎こと天野勇二。昼飯を報酬に、学園のあらゆる依頼を引き受け、解決していく物語。ただしやることは汚い、むごい、言動もキツい。にもかかわらず、今、人気を集める作品である。アプリが1000万ダウンロードを突破し、国内有数の無料コミック&ノベルサービスとなったcomicoのノベルで常に上位となっている。 

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 ネットでの活動を主とする人気作家の二人に、執筆に関する価値観の共通性はあるのか。今回、二人の対談の場を設け、お互いの作品の印象、自身の価値観、ケータイ小説やスマホ小説の今昔物語を語ってもらった。


岡田伸一さん。つばこさんは今回写真はNG。天野君をイメージしつつご覧ください

天才クソ野郎は「現代版シティーハンター」


「天才クソ野郎の事件簿」(つばこ) (C)NHN comico Corp.

岡田 天才クソ野郎、主人公がクソ野郎だけあって、言いたい放題ですよね(笑)。正直、パッケージはライトな作品かと思っていたので、「ここまで人の負の部分に踏み込むんだ!」と。

つばこ それを言うなら岡田さんの「奴隷区」がまさにそうじゃないですか(笑)。人物背景や人とかかわる中での心理の変化を丁寧に描写してて。ここまで丁寧に書かないと、ゲスいとかグロいだけじゃ面白くならないんだなと、ひたすら感心しましたよ。

岡田 僕、北条司さんの「シティーハンター」が大好きなんですが、天才クソ野郎には“現代版シティーハンター”という印象を持ったんですよね。

 主人公が問題解決していくのと、クソ野郎の演出がどんどん増していく感じ。でも、ホロリとした人情味のあるくだりが最後に待っている。現代版シティーハンターという言い方をしちゃいましたけど、天才クソ野郎はオリジナリティーがあってキャラも立っている。

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 何より面白いのは会話の掛け合い。天野さんと涼太くんの掛け合いが秀逸で、漫才をよくご覧になっているのかなと。小説って漫才がすべてというか、特に若年層にとって一般的に読みやすいのは“会話”。それがすごくうまくて、なおかつ先ほど話した、人情味のある熱いせりふを言わせるところに僕は特に感心して読みました。

つばこ キャラクターってある程度、勝手に動いてくれるというか、走らせると走ってくれるような感覚ですね。設定を固めて、自然に会話してくれるようなのが好きです。

岡田 きれいにまとめていますよね。変に間延びせず、コミックになっても問題ない構成力。天才的な部分と計算的な部分もあって、読んでて疲れないんですよね。「何て読みやすいんだろう、怖いな、即戦力だな」って(笑)。天才クソ野郎、書籍化はまだなんですか? コミカライズは? ぜひしてくださいよ。

つばこ 12月に双葉社から書籍化いただけることになりました。コミカライズの話はまだないんですけど、これからは岡田さんがそういってくれたと吹聴することにします(笑)。そのときはぜひ帯を!

スマホ時代の創作における気づき

―― 今の読みやすさというところ、少し深くお聞きしたいんですが、それはcomicoに特徴的な縦スクロール、comicoノベルだとそこに吹き出しもありますが、UIもそう感じさせる要素としてありますか?

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「天才クソ野郎の事件簿」より。comico特有の縦スクロール型スタイルに吹き出しを用いた表現がcomicoノベルの特徴

岡田 あると思います。ただ、つばこさんのすごいのは、それに頼っていないこと。顔アイコンと吹き出しの組み合わせは分かりやすいし、過去、僕もやったことがありますが、それに頼っちゃうと、例えば書籍化されたときにそれなしじゃ分からなくなることもある。つばこさんのはキャラが立っていて、しゃべり言葉で誰のせりふかが分かるし、地の文でも入れてくれている。

つばこ 僕はそんなに文章が巧みじゃないので、しゃべり言葉だけで分かるよう意識してますね。

 吹き出しは、何というか“目が滑って”しまうので、確認を1つ入れて誰が喋っているのかを読者に分からせることで、物語に入り込めるように。プレーンなテキストってシンプルで読みやすいし、いいなとは思うんですよ。それにプラスした楽しみが作品の差別化につながればいいなと。

岡田 吹き出しはコンテンツ次第でしょうね。天才クソ野郎のように作品が面白くて吹き出しをうまく使えているならともかく、それに頼ったり、普通に使っているだけなら不要かなという印象です。

 同じような文脈で、縦書き・横書きの話もできそうですね。横書きで書かれたものを縦書きの紙書籍で出版するケースはエブリスタでも多い。僕がその典型なんですけど、最初、横書きと縦書きの文章作法の違いにとても苦労したんですよね。小学校4年生の国語のドリルから始めたくらい(笑)。だから、会う機会がある作家には「縦書きやっとけ」って必ず言ってて。一方で、縦書きから横書きに変えるのはあまり問題になりませんが。

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つばこ 縦のものを読むリズムと、横のものを読むリズムは違いますよね。目は横に付いていますし、文字は横書きの方が見やすい。僕、「小説家になろう」のときは1パラグラフが長いスタイルで書いていたんですが、横書きで文字をビッチリ詰めてそれを縦スクロールさせるのは、縦書きのものよりも抵抗感が強い。スマホで読むのを前提にするなら特に。

 だからcomicoノベルでは、視点の移動を考慮しながら書く、という作り方がありますね。例えば横書きなら6文字くらいは視点移動なしに視界に入るので、それを意識した段落分けにしてみたり。読者の多くが使っているであろうモバイルデバイスを想定して、地の文18文字、吹き出し内のせりふは12文字を基本として構成したりしていますね。

僕は奴隷区で“精神的な戦い”を書きたいと思っていた

つばこ ちょっと話を戻して、僕から岡田さんの作品についても。岡田さんは人の負のカタルシスに訴えかけるような、魂をつかんで揺さぶるようなものを書かれますよね。奴隷区でも、「こんなの(状況)があったらどうするんだ」って読者一人一人が突きつけられているような感覚が常にあって。

「奴隷区(8)」(双葉社)とD・F・O/デス・ファンタジー・オペラ(1)(2)講談社ヤングマガジン

岡田 奴隷区で前提条件としていたのは、「負けと思ったら負け」。これは「ネガティブだと負ける」という暗喩で、ポジティブはネガティブに絶対に勝つというテーマを全体の暗喩としたんです。

 少し中ニ病的な感じですけど、僕は奴隷区で“精神的な戦い”を書きたいと思っていたんです。ちょうどそのころ「カイジ」や「デスノート」の時代だったので。でもあんなの書けないから、もっと泥にはいつくばったような人間の姿というか、情緒的なもので勝負しようと。

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つばこ 岡田さんは作家業をいつごろからされていたんですか?

岡田 僕は今30歳なんですけど、大学生のころにデザインのコピーライティングの勉強をしながら、当時の「モバゲータウン(現Mobage)内にあった「モバゲー小説」で、いわゆるケータイ小説を書き始めたんです。

つばこ 2006年くらいから書かれていたということですか。「恋空」が書籍化されたころですよね。長い! ずっとネット上で?

岡田 そうですね。ずっとネット上で。そういう意味ではトップクラスに長くやれてるかも。つばこさんは?

つばこ 3年くらい前になろうに投稿したのが最初なので、まだペーペーです。その前は普通に勤め人で営業とかやっていました。

岡田 あっ同じだ。僕も大学卒業後、営業やっていたんですよ。

 当時はブログが一般にも広がりはじめたころで、僕も、中学・高校、大学と1500人くらいナンパした経験だったり、無職だったりした自身の体験を日記としてブログで書いていたんですけど、「面白いから小説にしてみたら」と言われて。

 それでモバゲー小説で書かせていただいたら、1日750人くらいのファン登録――最終的に1万1000人くらいでしたかね――をいただいて。そこからファンタジーを書いたりして、2012年に双葉社から「僕と23人の奴隷」を出版してもらって、現在に至る感じですね。

つばこ 作品はどれくらい書かれたんですか?

岡田 30~40作品。書籍として出ているのは少ないんですが(笑)。400文字×700ページくらいかな。今は年間で900ページくらいですね。

自分の中で体育座りしている自分に向けて書きたい(つばこ)


つばこ氏の執筆意欲の源泉を聞き、「自分がほしいものを書く」のは王道と話す岡田氏

―― 作家であるお二人がどんな読書体験をへてきたのかにも興味があります。

岡田 小学校のころは「ソフィーの世界」や「坊っちゃん」など、課題図書になるようなものを読み、中学・高校ではマンガばかりでしたね。最近読んでいたのは仕事の関係で「虫と文明」(ギルバート・ワルドバウアー)や「ガリバー旅行記」などかな。

 好きなのは、TODO管理など「仕事術」的なやつ。作業量をアップして仕事をもっとたくさんしたいので。


アルバイト探偵(アイ)書影

つばこ 僕は赤川次郎さんと、大沢在昌さんのお二方に強い影響を受けましたね。大沢さんの「アルバイト探偵(アイ)」シリーズは、それまで大沢さんが書かれていた重厚なものとは違って、10代でも楽しめるライトなハードボイルド小説ですけど、それを読んで、「自分の見たいモノはコレだ!」と。

 それに出会ってからは似たような作品ばかり読んでいたんですが、少しニッチなジャンルだったのか、尽きてきてしまって、ならば自分で作ってみたいなと。楽しくて、ちょっとドキドキして、ほろ苦い、そして人生の切なさも分かる。そんなエンターテインメントを自分も書きたいなと。

岡田 「自分がほしいものを書く」のは王道ですよね。それが前提にあり、その次に読者が読んで何か持って帰ってもらえるもの、さらに次の段階で“大衆の血”になるもの。僕も時代ごとに必要なものを書く、というのを今は意識するようになりました。

つばこ 何で自分が読みたいものを書きたかったんだろうと考えてみると、自分の中で体育座りしている内向的な自分に差し出して、それを読んで立ち上がってもらいたかったんだと思うんです。それと同じようなものを僕の作品を読んでくれる読者にも感じてもらいたい。

 それに対して、反応がダイレクトに帰ってくる楽しさを教えてくれたのがWeb媒体。もし文学賞などに投稿していたら、それは多分分からなかっただろうなと。Webで公開してコメントをいただいたりすると本当に涙が出るほどうれしいんです。

岡田 確かに、Webは読者と近い。いいことおっしゃるから聞き入っちゃいましたよ(笑)。ダイレクトな分、時に、心ない言葉が直接届いてしまうこともあってそれにはもちろんヘコむけど、ネット上のアンチ的な意見も、もらえたら一人前ですよね。ファンだけに読まれている域を出ないと、自分の作品が広まっていない証拠ですから。

つばこ 僕は「申し訳ないな」と感じちゃうんですよね。せっかく読んでもらったのに、アンチな意見をわざわざ残さなければならないほど不快に思った、ハマらなかった、期待を裏切ってしまったと。読んでもらった時間をいただいて申し訳ない、ゴメンね、と。でも、いつかあなたがもう一度読んでくれるなら、不快に思った部分は必ずなくしてみせるから、という気持ちですね。

岡田 ノンスタイルの井上さんを見習いましょう(笑)。

―― 岡田さんはエブリスタで、つばこさんはなろうからcomicoノベルに活躍の場を移されましたが、それぞれの場の特徴などは感じますか?

つばこ 天才クソ野郎はなろうで書いていたものをcomicoに合う形にリライトしているんですが、コメントの数は圧倒的に違いますね。「コメントでののしってください」みたいな反応があるのも(笑)。

岡田 キャラのファンが付いてるってことですよ。すごくいいですよね。

 あと、なろうでは許されていた表現がcomicoノベルではちょっと……、というのはあります。例えば“クソ野郎”というレッテルに対して、「クソ野郎のハズなのに違う!」みたいな、レッテルと違うことへの拒否反応があったりするのは興味深いですね。

岡田 僕は正直、文学文学したような作風ではないけど、文学寄りの発想で言うと、個人的には作家は孤独でいいと思っているんですよね。ハングリー精神をなくさない方がいいという意味で。ただ、昨今のエブリスタはクリエーター同士の仲がいいです。運営も100%作家の味方という姿勢がありますね。

スマホ小説の過去・現在・未来

―― ケータイ小説、今後は「スマホ小説」などの呼び方がなじみ深いものとなっていくのかもしれませんが、この領域の変化はありますか?


「今は80点~100点以上を出せる方が増えている」と岡田氏

岡田 昔も今も恋愛無双。王道として恋愛とホラーですが、トレンドは必ず変わっていくんですよね。昔は例えば風俗嬢の日記のような職業系のエッセイものが多かったんですが、今はそうしたものは少ない。

 あとは、作家の平均点が上がりましたね。昔が低かったというわけではなく、今は80点~100点以上を出せる方が増えている。エブリスタも数年前から、読者とクリエーターの境目をなくし、誰でも気軽に描けるようになりましたけど、意外にどれも面白かった。面白ければ数字は必ずついてくるのは、いいところだと思いますね。

 ただ、松本人志さんのお笑いに対する言葉だったと思いますが、「120点を出せる人が少ない」というのはここでも当てはまるようには感じます。

つばこ comicoは出自がマンガだったこともあって、そこにノベルが入ってきたことに戸惑いがある方もいるんじゃないかと。「わたしは毎日カレーを食べたい」と思っている人の前にある日突然「これもおいしいよっ!」って素うどんを出されるようなものですから(笑)。まぁノベル作家はそこでカレーうどんにするような気持ちで臨むといいのかも。

―― 岡田さんの作品はメディアミックス展開も多いですよね。エブリスタもcomicoも今後そうした作品が増えていくだろうと思いますが、岡田さんの経験からその勘所を言語化するとすれば?


奴隷区は2014年に「奴隷区 僕と23人の奴隷」として映画化。「映画とコミックと小説は畑が違うと思いますので、餅は餅屋ということで、僕は信用してお任せするスタンス。僕、佐藤佐吉監督大好きなんですけど、すごくいいものを作っていただいたと思ってます」と岡田さん

岡田 2つあると思っていて、1つはやはり読者の支持。もう1つは僕の場合ですけど、エブリスタさんにしっかり営業していただいたことですね。ちょっとしたアクシデントなどがあったときにしっかり守ってもらっていますし、映画化のときも早い段階で台本を読ませていただいたり。先ほど、運営も100%作家の味方と話しましたが、そうしたサポートが丁寧なエブリスタはチャンスの多い媒体ですよ。

コンテンツとして力のあるものをマルチに――これからの時代の作家

―― あっという間にお時間が来てしまったのですが、お二人は今後、どんな挑戦していきたいと考えていますか?

つばこ いろいろなジャンル・物語を書いていきたいですね。僕はインド映画が大好きなんですが、インドの伝統的な美学理論に「ナヴァ・ラサ」というのがあって、これは人間の9つの基本的感情を表すんですが、恋愛や笑い、驚き、勇ましい気持ちなど、いろいろな情趣を、隅っこで体育座りしている僕、または同じような読者に向けて書きたいです。

岡田 僕はここ数年、自分の名前が載るものを年に10冊書く、という目標を自分に課して、おかげさまでそれをこなせています。来年もそれを続けたいというのが1つ。

 もう1つは、ありがたいことに来年以降、コミカライズのお仕事をたくさんいただいているので、「今、日本一連載中のコミックが多い原作者」になるのを目指しています。

―― 先ほどの仕事術の本を好むといった話でも感じましたが、岡田さんは非常に貪欲というか、前に進もうとする力強さがすごいですね。

岡田 それが僕の考える「作家」なんです。これからの時代、作家は小説だけじゃなくていい。コンテンツとして力のあるものをマルチに作らなきゃならないと思う。ゲーム、コミック、映画のシナリオ……文章にかかわる仕事は全部できて当然というか、何でも書けるようになりたいんです。



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