終わらない歌を歌おう、明日には笑えるように ドラマ「プリンセスメゾン」8話:ねとらぼレビュー
全員が主人公になった最終回でした。【やわスピ×ねとらぼ】※更新あり
もっさり系女子、26歳の沼越さん(役:森川葵、以下沼ちゃん)が、マンションを買うために不動産屋に通うドラマ「プリンセスメゾン」は、NHK BSプレミアムで放送中(ネット配信は翌日から)。Webでも公開中。マンガ原作はやわらかスピリッツで連載中、スクロールしていくとここでも読めますよ!
同じ日々は続かない
出て来るキャラクターみんなが、別の一歩を踏み出しました。ずっとこの日々が続くって、勘違いしてた。寂しい。
沼ちゃんが訪れたギャラリーの面々は、みんなクセのある楽しい人ばかりでした。きっちり真面目すぎる凄腕営業マン・伊達さん(高橋一生)。お一人様行動大好きな沼ちゃんの良き理解者かつ伊達さんの天敵・要さん(陽月華)。笑顔が明るくノリもいいギャラリーのムードメーカー・阿久津さん(舞羽美海)。お調子者で割と能天気な通称プリンスの営業・奥田くん(志尊淳)。
4人と沼ちゃんの関係が、あまりにも心地よすぎた。まるで文化部ドラマのようでした。実際原作よりも、和気あいあい感は意識して盛り込まれています。沼ちゃん・要さん・伊達さんの兄妹漫才の異様なテンポのよさは、まるでアニメでした。
でも当然、時が経てば、みんな良い方にあるき出し、関係は変わる。
伊達さんは真っ先に沼ちゃんに報告します。マンションが完売したらギャラリーをしめること。しばらくしたら街を作る開発に異動する決意をしたこと。合理主義的だった彼が、自らの夢の実現に一歩踏み出すのを打ち明けた瞬間でした。憑き物が全て落ちたかのような、笑顔……あの無表情だった伊達さんが笑顔なんだよ!? 高橋一生、にっこりではなく、ごくわずか、少し感情を出した伊達さんを好演。胸がキュンとなります。
奥田くんと阿久津さんは、まさかの同棲生活。いつのまに……まあ、奥田くん真面目に頑張ってたもんね。でもこれで、今まで通りの関係とはいかなくなったね。
要さんも、自らを省みる時期になりました。ここまで犬猿の仲だった伊達さんと、最終回では一緒に話しながら帰っていてびっくり。しかも伊達さんが、要さんに助力をしたりアドバイスしたりと、すごくやさしい上司っぽい。
あの四角四面だった彼が、人を気に掛け、誰かのために頑張り、効率以外の部分で「人の幸せ」のため働く(沼ちゃんの家探しのことです)ようになったのが、みんなに間違いなく火を付けました。特に最終話、叱られてばかりだった奥田くんに伊達さんが「いつも遅くまでありがとう」といった瞬間。個人的、この作品のクライマックス。
すごくすてきだよ。みんな、幸せに向かって頑張れ!
でももう、あの足しげく通った楽しいショールームは、戻らないんだ。
焦りは禁物です
一方沼ちゃんは、原作では家を買うのですが、ドラマでは買っていません。印鑑を作るところまではいった。彼女は慎重です。
「焦りは、禁物です」
何度もそう言います。彼女は今まで通り、歩いて家を探して働いて。
ここに絡んでくるキャラの一人、妊婦のお母さん(篠原ゆき子)。現実の一端をうかがわせてきます。
「ほんとはマンションなんてほしくなかった。だってローンだってほんとに払えるのか不安なのに。旦那さん親と勝手に決めちゃって。背負うものばっかりおっきくなって、もうどうしたらいいの……もう子供だって産まれてくるのに……」
もう一人、ボロボロの服を身にまとい、草を集めて回る大家さん(渡辺美佐子)。世界的に有名な染め物アーティストの隠れた姿でした。彼女は怒鳴られようとなんだろうと、黙々と布を染めます。浮世離れした、周りからはちょっとさげずまれたかのような、不思議な生活。
美しく染まった布を見ながら、沼ちゃんは聞きます。
「あれ、どうするんですか?」
「最後は、ゴミんなる。そいでも、やっちまう」
生きるペースはさまざま。どれが幸せかなんて分からない。人から見たらゴミかもしれないもののために生きて社会のリズムから大きく外れる。子供を産む心労で日々忙殺されている。テンポは違うけど、どちらも実は幸せ。
以前伊達さんが家を売った、マンガ家の井川流(木野花)は、沼ちゃんに言います。
「一生この家を、支えられるかしらね」
目の前のことに惑わされず、ゆっくりいこう。一生ものなんだから。
「一人でも家探しは続けられます」のセリフは、このドラマが描いてきた一人の幸せを見つけることに、つながっていきます。自分の生き方を時間をかけて探すことを、家を買うことにかけたドラマの、目的地にたどりつきました。だから、家は、まだ、買わなくていいんです。
終わらない歌
今回のみなの成長で、一番心が揺れ動いていたのは、要さんでした。
ギャラリー解散が近づいた時、あのケンカ相手だった伊達さんに近づいた、そして何も言えなかった。伊達さんが自分に気を使ってくれていたのを知り、建前でなく心から頭を下げた。相変わらず伊達さんのとぼけたセリフにツッコミをいれつつも、語調はとても柔らかくなりました。
母親に久しぶりの電話をしている時の要さん。実家に帰ることを話します。「帰ってもなんもすることないんですけど」。
「それでいいのよ、なんもしなくてもいい場所なんやから」
「そうかなあ……どうかな?」溢れそうになる涙をぐっとこらえて、要さんはちょっと甘えたような、斜に構えたような声で言います。いつもはかっこいい大人の女性。この時は本当に、子供でした。辛くはなかった東京砂漠。東京の空は見えないこともない、戻る居場所はどこかにある。
沼ちゃんとすっかり友人になった要さん。2人とも仕事での人間関係はうまくやっているけど、本当の意味での自分に親友ができたのは初かも、二人とも家に人をあげたことがなかったそうですし。
要さんが沼ちゃんと聞いた曲は、THE BLUE HEARTSの「終わらない歌」。
終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため 終わらない歌を歌おう 全てのクズどものために 終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため 終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように
世の中に冷たくされて 一人ボッチで泣いた夜 もうだめだと思うことは 今まで何度でもあった 真実の瞬間はいつも 死ぬ程こわいものだから 逃げだしたくなったことは 今まで何度でもあった
(THE BLUE HEARTS「終わらない歌」より)
他の人は演出でいろいろな歌を歌ったけど、最後まで、沼ちゃん自身は歌を歌わなかった。それが彼女のペースだし、きっといつか歌う日も来ると思う。来なくてもまあ、いいじゃん。
みんな変わっていく。変わらないものもある。人生はそもそも、終わりはない。全部地続き。一生はそうそう終わらないんだから、自分のペースで歌を歌おう。家だって、手に入れてからが勝負なんだから。
焦りは、禁物です。
漫画 第8話
(C)池辺葵/やわらかスピリッツ/小学館
(たまごまご)
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