連載

2000万部超えのラノベ王子、子猫になった重版童貞に語る王者のアドバイス「俺には彼女がいない」東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾(1/3 ページ)

彼の名は、講談社ラノベ文庫編集部の副編集長・庄司智。

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 久しぶりの講談社である。
 大理石のフロア。カッシーナ張りの応接室。
 その1Fの応接室に墨汁のインクをぶちまけた過去が懐かしい。

 当時僕はアフタヌーンに漫画を投稿していた。四季賞の応募原稿の締め切り当日だったために、夜通しかかって70ページの原稿を仕上げた。
 その時僕はもう19歳になっていた。それから数年後、ノリで受けた講談社の入社試験で、最終ラインまで残った僕は『ファウスト』への愛を存分に語ったものである。懐かしい。余裕で落とされました。

 だがその直後、その講談社から電話がかかり、小説の新人賞を受賞するのだから、人生何があるのかわからない。
 電話の相手は『ファウスト』の編集長の太田さんであった。
『寄生獣』などを担当されていた副部長のTsさんからは、
「本当に大変なのはここからですよ」と言われた。「これからが生き残れるかの勝負です」僕はたぶん人生で初めて嬉しくて泣いた。

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 それから、数え切れないほどの年月が流れた。
 もちろん、僕は生き残れなかった。

1 お前、オーラ足りなくね?

 作家として生き残れなかった僕は、しかし久しぶりに講談社にお邪魔した。
 ある御方に、話を聞くためである。その御方は、メディアファクトリーMF文庫J編集部から講談社ラノベ文庫へと活躍の場を移しながら、ヒット作を連発する名物編集者である。

『ノーゲーム・ノーライフ』

『銃皇無尽のファフニール』

『クロックワーク・プラネット』

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 などのヒット作の編集を担当し、手掛けた作品の販売数は実に2000万部以上。
 太田克史さん、三木一馬さんと並んで、いま、最も知名度のある文芸編集者の一人である。
 「~庄司智生誕祭~ようこそラノベ王子学園へ」なんていうパーティまで開いてしまうほどの御方である。チケットは満員だったらしい。
 以下、告知文。

 “あの伝説のラノベ編集、ラノベ王子こと庄司智のバースデーイベント!!
 庄司智のマル秘トーク、もしかしたらミニライブも……!?
 司会はイラストレーターの梱枝りこが担当いたします。
 さらに当日は庄司と2ショットで撮れるチェキも販売します!!!”

(おお……。なんかすごいな……)
 突っこみどころ満載の惹句に、ただならぬ雰囲気を感じた僕は、
 すぐに彼にアポイントメントを取り、お話を伺うことにしたのであった。

 本連載、『東大ラノベ作家の悲劇』
(ラノベ作家ではないのにラノベ作家と呼ばれてしまう男の悲劇)で、
 作家志望者の方へのアドバイスになる、私小説が書けると思ったのだ。

 だが、予想は見事に覆された。
 ラノベ王子こと庄司智さんは――黒かった。真っ黒だった。
 黒衣をまとい、あらわれた。

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 黒いコートに、
 乳首のみえそうなほど胸のあいたドレッシーな上着。
 女性的な顔立ちに、つるつるのお肌。
 目深にかぶった長い黒帽……。

 メーテル? 銀河鉄道999のメーテルなの?

 そんな疑問を払拭すべく、早速挨拶を交わそうとした。
 だがその時だった。開口一番、ラノベ王子は言った。

「お前、オーラ足りなくね?」

2 これ、東大イ〇ポ作家の悲劇にしませんか?

 ラノベ王子こと、庄司智(さとし)さんは、
 正確には、このとき、「お前」ではなく「あなた」という表現を使っていたらしい。現在は、講談社ラノベ文庫編集部の、副編集長を務める人物である。そのあたりの常識は、さすがに心得ている。
 ラノベ王子は、常識人である。

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そんなラノベ王子のアー写(アーティスト写真)

 ただ、その時の僕には、まさにそんな言葉をぶつけられたように感じられたのも、事実なのだ。

 “日本には地震があるのに自信がない”

 そんな風に書き始めたダメダメな小説を、ボツにした直後の自分である。
 自信がなく、自身がない。感情の磁針計の針は振り切れている。
 そうした状態で、ガタガタふるえながらコーヒーカップを振動させていた僕は、まさに核心を言いあてられたような気になった。

 ラノベ王子は、謎のオーラに満ちあふれていた。けれど、ときどき目を泳がせた。人見知りなのだろう。自信があるのか、ないのか、わからない方だった。
 ラノベ王子(東大文学部卒・神奈川県出身)は、編集者としての美学を語ってくれた。

「庄司さんが一番大切にされている事は何ですか?」
「オーラです」

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 もう少しきちんと説明してください。
「文体にオーラがあるかどうかです」
「文体に太田があるかどうか?」
「鏡さん。何に怯えているのですか? いまのあなたは土砂降りに打たれた子猫のよう」
「はあ」
「太田克史さんのことはよく存じております。というか、俺自身、彼のおかげで編集の世界へと足を踏み入れたと言っても過言ではないのです。鏡さんは『ファウスト』がお好きでしたね?」

『ファウスト』とは、ゼロ年代に誕生した、伝説の文芸誌である。
 エンタメと文学のハイブリッドを標榜、熱狂的な支持をもって出迎えられ、純文学で最も権威ある賞の一つ、三島賞作家を多数輩出した。

 当時勢いのあった講談社文芸第三出版部に所属していた太田克史さんが、ミステリ出身の西尾維新・舞城王太郎・佐藤友哉さんらを起用し、文芸誌としては、異例の反響をもった雑誌である。
 次号で解散するらしいのだが、金属バットを手に強迫してでも、絶対に何か書かせていただこうと思っている。書かずには死ねないよ!

「はい、好きでした。飯野賢治さんのブログでその存在を知り、第一回のファウストイベントにも参加しました。佐藤友哉さんの靴下がやけに白かった」
「東浩紀さんや、清涼院流水さんも、ご登壇されていましたね」
「よくご存じですね」
「フフ。当時、リアルタイムで観測していましたから」

 ラノベ王子は『ファウスト』読者だった。
 そして講談社文芸第三出版部――90年代のミステリを牽引した『メフィスト』の、熱狂的なファンだった。

 実は、僕と同じように、講談社の入社試験を受けていたらしい。
 そして同じように『ファウスト』への愛を語り、落とされていたらしい。
「お互い、1万人が受けて50人まで絞られた段階での落選ですよね」
「あれはつらい」
「しばらく賢者タイムになりました」
 沈黙が流れた。

「庄司さんは新人を発掘されるときに、何を最も重視されているのですか?」
「俺が大事にしているのはその作家だけが持っている固有性なんです。それをオーラ、と読んでいます。オーラ、とは、言葉にできない「何か」のことです。その「何か」を纏っている作品は、一目でわかる――九十年代に京極夏彦さんをはじめとする講談社ノベルス、そして奈須きのこさんや西尾維新さんがご活躍される『ファウスト』に惹かれたのも、必然だったんですよ」

 ラノベ王子は氷結コーヒーをストローで溶かしながら、そう言った。
 それから思い出したように手を止めると、京極夏彦の登場人物のような切れ長の瞳で、僕を見た。

「鏡さん。あなたの文体にはオーラがある」
「おお」
「……たぶん」
 たぶんかよ。
「いえ。おそらく。俺は確信をもっています」そう言ってラノベ王子は目を泳がせた。「あなたには放っておいても掻き鳴らされてしまうイカれた楽器のような音色がある」
「ホラーですか?」褒められているのか貶されているのかわからなかった。
「違いますよ。俺にはみえるんですよ。音の途絶えたケイオスで、ひとりたたずむあなたの姿が……。だから心配なんです。いまのあなたのオーラの炎は、子猫ちゃんのオーラより小さく、今にも消えそうだ……」

3 あなたのオーラは子猫ちゃんより小さい

 沈黙が流れた。
 食器をこする音が、大きくなった。
 講談社3Fの、食堂だった。
 講談社さんの編集さんは、この場所で打ち合わせることが多い。
「子猫ちゃん? どういうことですか?」
「あまりに自信を失っているように思えるのです。才能と精神は、アーティストの作品と、密接な関連があります。鏡さん、つかぬことをお伺いしますが、あなたはイ○ポだったのではないですか?」
 僕は絶句した。
「な、なぜそれを……」
 動揺していると、ラノベ王子は不敵な笑みを浮かべながら、
「たたずまいをみればわかります。何作もボツ原稿を量産しては、食うにも困る日々……。だからこそ、思うのです。これ、東大イン○作家の悲劇にしませんか?」
「どうすれば作家志望者の方がオーラを発揮する状態に、自分をセッティングできると思いますか?」
 僕は強引に話を戻した。

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