その表現をいかに日本語で豊かにできるか――江原正士&山寺宏一が「ジェミニマン」に吹き込む“3D化された言語”
声優界レジェンドの2人が、2人のウィル・スミスの吹き替えを務めます。
ウィル・スミスが“現代の自分”と“若き自分”の一人二役を演じた映画「ジェミニマン」が、10月25日から公開されています。
「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」(2013年)を手掛けたアン・リーが監督を務めた同作は、引退を決意した史上最強のスナイパーであるヘンリーが、自身の暗殺を狙うスナイパーの正体が“23歳の自身のクローン”という事実を知ったことで、政府を巻き込む巨大な陰謀に巻き込まれていく近未来アクションエンターテインメント。「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラムや「猿の惑星:聖戦記」のシーザーでも使われたパフォーマンスキャプチャー技術の応用によって爆誕した若きウィル・スミスと、現代のウィル・スミスがスクリーンで熱き死闘を繰り広げる前代未聞のW主演作品となっています。
日本語吹き替えを務めるのは、ウィル・スミスの吹き替え声優として知られる江原正士さんと山寺宏一さん。共演も多い2人ですが、同じ作品でウィル・スミスの吹き替えを務めるのは初(「アイ・アム・レジェンド」(2007年)では、山寺さんがテレビ版、江原さんが劇場版とソフト版を担当)。ネットでは、レジェンド同士の共演に映画公開前から盛り上がりを見せていましたが、江原さんと山寺さんはお互いにこの共演をどう捉えているのでしょうか。
――お2人はこれまでにもウィル・スミスの吹き替えをされていますが、「ジェミニマン」は同じ俳優が別の年代のキャラクターを演じるレアケースだと思います。これまでとの演じ分けは意識されましたか?
江原正士さん(以下、江原): 僕が演じるのは、伝説のスナイパーであるヘンリー・ブローガン。引退を考えている役どころでしたので、元気がはつらつとしたシャープ系ではなく、フラットな役作りを意識しました。初めは、史上最強とうたわれたほどのスナイパーだからマッチョ系で役作りをしようと考えていたのですが、演出部との話し合いで、そのような雰囲気を押し出しています。
山寺宏一さん(以下、山寺): 僕が演じたのは、若きヘンリーのクローンであるジュニア。僕は、江原さんほどウィルの吹き替えをやったことはないのですが、ウィルの声は僕よりも少し太いので、いつもはウィルの声に近づけるよう意識することが多いです。今回は23歳と若い上に、違う環境で育ったクローンという複雑な役どころなので、ウィルだからというよりは、ジュニアというキャラクターに重きを置いて演じました。
――ウィル以外にも同じ俳優の吹き替えをしているある意味ライバルのような関係のお2人だと思いますが、今回の共演をどう捉えていますか?
山寺: 江原さん、俺と一緒にやるってなったとき「ふざけるなよ、なんで山寺と一緒なんだよ。俺だって23歳の役やれるよ」とか考えました?
江原: 一緒にやることは何とも思わないけど、現在のウィルと若いウィルを演じられると思ったのはお互いさまじゃないかな(笑)? この仕事をやるなら誰でもそう思ったと思うよ、だってキャリアから考えたらお互い一人二役ぐらいできるんだから。一応プロですから「(1人で)両方やれます」という気持ちはあるよね。でも、それは僕らが選ぶことじゃない。
今回は年代が違うので全く同じ役ではないですし、2人でやらせていただけるということでなかなかシャレた企画をしてくれたなと思いました。僕としては2人の記念撮影のような、思い出に残る作品になった気分ですね。
山寺: 僕、たまたま「ジェミニマン」CMの声をやらせていただいて、「アラジンもやらせていただいたし、これもやりたいな」という話をスタッフさんと話したことがありまして、そのときに「山寺さんにやっていただきますよ」と言われて喜んでいたんです。でも「2人にやってもらいます」と聞いたとき、「えっ……?(困惑)」と。
江原: おっと? いいぞいいぞ、言っちゃえー。
山寺: 僕はウィル本人の実年齢と近いので、2人ということは、僕がヘンリー役で、ジュニア役は若手の声優だと思ったんです。でも、僕がジュニアで、ヘンリーが江原さんと聞いて、「なるほど! これは面白い!」と納得しました。こんなこと言ったら他にもウィルの吹き替えされている方に失礼かもしれませんが、江原さんだからジュニア役ができてうれしいと本当に思いました。江原さんがヘンリーじゃなかったら、いろいろ思うところがあったかもしれません。正直、江原さん以外は考えられないですね。
僕はさっきも言いましたが、ウィルの吹き替えは多くはやってきていなくて、今回は6月に公開された「アラジン」が注目されたから滑り込ませていただいたのかなと思っています。
――逆に、実は少ない本数しか吹き替えをされていないのに山寺さんもウィル・スミスの声をされているイメージがあるのはそれだけインパクトがあったということですかね。お2人のキャスティングも話題ですが、対面したポスタービジュアルも注目が集まっていました。
江原: 自分がポスターに出るって不思議な感じがしたよね。
山寺: 江原さんはウィルとも年齢が近いからいいですよ。俺は眼鏡かけないと誰だか分からないから眼鏡かけて撮影しましたけど、「眼鏡かけるウィル・スミスなんているか!」とかなりもめましたよ。吹き替えをフィーチャーしていただけるのはうれしいですが、ありがた迷惑だって言いました。興ざめだろって。
江原: 何言っているんだい、いまや国民的アイドルじゃないか(笑)。
山寺: 作品を見るときに俺たち吹き替え声優の顔は思い浮かべてほしくないじゃないですか。もちろん、絶対にそれを気にさせない自信はありますが、あのポスターは悪ノリじゃないかと一瞬抵抗しました。間抜けじゃないですか、ジェミニマンが眼鏡かけてるって。
江原: シャツを用意しなければいけなかったのですが、考えたらヘンリーが着ているような黒いシャツを持っていないことに気が付いて、撮影の前日慌てて探しに出かけたよ。
山寺: 苦労なさったんですね、あの1枚撮るのに。
江原: 髪の毛もヘンリーに見えるようにピシッとされてさ。でも山寺さんはそのままだったね。
山寺: 僕が坊主になったらもうそれギャグになっちゃいますよ。怖くて検索してないですけど、この写真笑われているんじゃないかって気にしています。
江原: おじさんが頑張っているなと思ってもらえるといいね。
――声優をポスターに据えた作品はなかなかないので大変話題になっていましたよ。声優界レジェンド2人の対決にファンも期待を高めていると思いますが、同じ俳優の吹き替えを担当されることも多い江原さんと山寺さんだから分かるお互いの良さはありますか?
山寺: 江原さんのすごいところは、せりふの奥にあるものを表現するためにものすごい工夫をされる。僕はどちらかというと、その役者が日本語をしゃべれたらこんな感じだろうと考えてきめ細かく表現していますが、江原さんはいつもその先を見据えていらして、自分なりにこの表現をどうしたらもっと日本語で豊かにできるかを模索されている。
江原: 山寺さんはそう言って僕を立ててくれていますが、そういう作り込みは当たり前です。今でこそデジタルデータの時代で、多少の誤差は調整できる時代になりましたが、僕らが若手のころはアナログで、テープでの録音だったため、本番でビシッと合わせるためにかなりの練習量が必要でした。
山寺さんがすごいのは、主役級の吹き替え現場が連日続くようなハードスケジュールの中で、イン点、アウト点、ブレス全てがバッチリ合っていたんです。現場にいる全員が引くぐらい。
僕は割と余裕のある時期もあったので、役を作り込めたのかもしれませんが。だから山寺さんがあれだけの仕事量をこなすのは本当に大変だったと思いますよ。特にロビン・ウィリアムスやジム・キャリーのようにたくさんしゃべる役者は仕込むだけで本当に大変。朝から晩まで映像を見て口の動きを合わせるという作業をすることもあるくらいです。
山寺: 寝る時間を計算して、それ以外を練習の時間に充てる、ということも。役者が命がけのアクションをやっている中、われわれは空調の整った狭いスタジオの中にいるわけだけど、やはり役者と同じ“何か”を持ってやらなきゃいけないと思っています。
江原: そう思いながら明日の現場のことを考えていることもあるよね。それぐらい厳しいスケジュールを駆け抜けてきている。山寺さんも自重して頑張ってきただろうけど、僕も忙しくさせていただいていたときに、「ここでエディー・マーフィーの役はつらいな」と思ったこともある。仕事量をこなすのは体力だけじゃなくて精神力もなければいけないから、そういうハードな時期が長かった山寺宏一はアスリートなんだよ。
山寺: こなすだけじゃダメですけどね。でもそういう時期で学ぶこともたくさんありました。今でも学ぶことはたくさんあって、今回、菅野美穂さんともご一緒させていただいていますが、声優とは違うフィールドで活躍されている方の表現方法やニュアンスなどで刺激を受けることがたくさんあります。
江原: 日々勉強と言うとかっこいい言い方だけど、本当にそうだよね。
――お2人の共演であらためて吹き替え版に注目が集まっているのはまさにその通りだと思います。一時期は吹き替え離れが懸念されたこともありましたが、吹き替え版は作品にどのような価値を生み出すと思いますか?
山寺: 今はスマートフォンで映画を見る人も多くなってきて、小さい画面では字幕が見づらいから吹き替えで見る人も増えているようですし、字幕を読まなくていいという点は吹き替え版ならではの良さですよね。字幕を否定したくはないですが、良い吹き替えはキャラクターの感情も伝わりやすくなりますし、映像や表情の隅々まで見て取ることができると思います。ただ、ダメな吹き替えは全てをダメにする。もろ刃の刃ですね。
江原: 字幕と吹き替えは、同じ意味内容であることに変わりないですが、聞き慣れた日本語の会話に置き変えることで、起伏のある3D化された豊かな言語感覚を味わって楽しんでいただけると思います。ただ役者がしゃべっている口の動きに合わせて声を当てているだけではなく、その言葉の奥にあるものを表現しようとして僕らは頑張っていますから、“生命力”のような熱を感じていただけるといいですね。
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