「シンプソンズファンはプライドを持っている」 名優・大平透が心を許した「シンプソンズファンクラブ」とオリジナル声優たちの12年間:連載「オタクの幸せ」(1/3 ページ)
【完全版後編】オリジナル声優にとってファンとはどんな存在なのか。
アメリカアニメ史上最長寿番組として知られる「ザ・シンプソンズ」。1989年の放送開始以来、日本を含む世界70か国以上で愛されているコメディーアニメです。そんな「ザ・シンプソンズ」ですが、2007年に発生したある騒動をきっかけにファンとオリジナル声優の交流が続いています。オリジナル声優にとってファンとはどんな存在なのか。マージ役の一城みゆ希さんとリサ役の神代知衣さんら声優陣と「シンプソンズファンクラブ」を運営するピンクドーナツさん、viewbooさん、ゲッツさんを取材しました。
大平透さんが残した「シンプソンズファンはプライドを持っている」という言葉
「ザ・シンプソンズ」の大黒柱、ホーマー・シンプソンを演じたのは大平透さん。2016年に他界するまで実写版テレビシリーズ「スーパーマン」で主演のジョージ・リーヴスの吹替、「ハクション大魔王」のハクション大魔王、「笑ゥせぇるすまん」の喪黒福造、「スター・ウォーズ・シリーズ」のダース・ベイダーなど多くの作品で印象的なキャラクターを演じてきました。
そんな声優業界のレジェンド・大平さんと「シンプソンズファンクラブ」のメンバーが初めて対面したのは2007年10月15日のこと。当時、シリーズ初となる映画「ザ・シンプソンズ MOVIE」について、長くシリーズの日本語吹替版を担当していた大平さん(ホーマー役)、一城みゆ希さん(マージ役)、堀絢子さん(バート役)、神代知衣さん(リサ役)らオリジナル声優ではなく、人気芸能人が吹き替え版キャストに起用されることが発表され、ファンがその決定に猛反対。オリジナル声優に戻してほしいという署名活動を行っている最中に大平さんから、「直接会ってお礼を言いたい」との連絡が入ったのです。
シンプソンズファンクラブで会長を務めるピンクドーナツさんは緊張の初対面について「大平さんは身長180cmと大柄で見た目もちょっとこわもてなんです。だから初めてお会いしたときは正直『マフィアのボスみたいな方が来た!』と思いました……! お会いしただけで背筋がシャキッと伸びるような気がする雰囲気の方で、本当に『スターウォーズ』のダースベイダーみたいなオーラがあるんです」と語り、ファンクラブブログで日本語吹き替え版のエピソードガイドの作成を担当しているゲッツさんも「本当に雰囲気のある方なんですよ」と振り返りました。
対面前から「大平さんは少し気難しいところもある方」と聞いていたファンクラブのメンバーは非常に緊張したといいますが、交流を続けるうちに、「大平さんは『ただ怖い方』というのではなくて、すごく『きっちりされた方』なんだというのが分かってきました」と同メンバー。またピンクドーナツさんは大平さんとやり取りしたというFAXをすべて保管しており、「キャラクターのデザインが入った用紙を使ってすべて手書きでやり取りして下さって、本当に丁寧な方なんだなというのが伝わりました。曲がったことが嫌いで、ちゃんとしていない人にはきちんと叱ることができる、大平さんはそういう方でした」と偲びました。
また大平さんが「応援してくれたファンに恩返しをしたい」と主催したイベント「第1回シンプソンズファン感謝祭」では大平さんからファンに向けて、「これからはファミリーです」「末永くお付き合いしましょう」とのあいさつがあり、シンプソンズファンクラブと大平さんは晩年まで文字通りの“末永いお付き合い”が続いたといいます。転機になったのは、交流3年目ごろに大平さんのご自宅兼事務所でシンプソンズファンクラブが開いたお誕生日会でした。
当時についてピンクドーナツさんは「大平さんはどちらかというと、馴れ馴れしいお付き合いを好まない方で、私たちもある程度の距離感を持って、『ファンと声優さん』という線引きをしっかりして交流させていただいたんです。ただ傘寿のお祝いで『大平透の名入り蛇の目傘』をプレゼントしたり、芸能活動60周年と83歳のお誕生日をお祝いして、『声優大平透』の染め抜き法被をプレゼントしたときには本当に気に入って喜んでくださって。少しずつ『ザ・シンプソンズ』の収録秘話みたいなものもお話して下さるようになっていきました」と懐かしみます。
特に印象に残っているのは、「『私は声優であり、プロデューサーであり、演出家であるというのがモットーだ』という仕事に対するスタンスのお話」で、例えば「ザ・シンプソンズ」シリーズの場合、長くホーマーを演じ続けてきた大平さんが誰よりもホーマーというキャラクターを理解しているので、「ホーマーはこういう言い回しはしない」「こういう行動をとるならこうするはず」といろいろと提案しながら作品作りに携わってきたのだといいます。こうした話を聞くたび、ピンクドーナツさんらは「『だからこんなにクオリティーの高い作品ができるのか』と驚くとともにすごく納得した気持ちになりました」と話しました。
またゲッツさんは「テレビシリーズは翻訳を担当されている徐賀世子さんの良い意味で“生々しい生活感のある名翻訳”があって、そこに大平さんたち声優さんの演出が加わって、本当に濃くて面白いものが詰まっているんですよね」とスタッフの功績についても語り、「CMに関しても『C.C.レモン』のアフレコ収録時には、ホーマーならちょっと言いそうにないセリフが書いてある台本を受け取った大平さんが演出家さんとその場で相談し、セリフをサラサラッと直して収録したという逸話もお聞きしました。お陰でCMは大好評でしたね」と笑顔を見せました。
しばらくこうした交流を続けていたある日、大平さんはシンプソンズファンクラブのメンバーを自宅へと招きました。当時の様子についてピンクドーナツさんは、「『実は居住スペースに人を入れるのは初めてなんだよね』と仰っていただいてすごく驚きました。はじめはファンとして始まったお付き合いが、人間として信用していただけたのかなと」と振り返り、ゲッツさんは「晩年、体調を崩されてからは、シンプソンズファンクラブのメンバーでお食事のお世話をさせていただいたこともあります。ローテーション表を組んで、大平さんが大好きなお肉をおいしく食べていただけるようにとノートにレシピを書いたりして回していました」と語りました。
このような特殊な関係性を築けたことについてピンクドーナツさんは「偉大な方なので、ご家族やお弟子さんなどに弱い姿を見せなくないという気持ちもあったんだと思うのですが、困ったときにシンプソンズファンクラブのことを思い出していただいて、頼りにしてもらえる存在になったというのは本当にうれしいことでした。僕たちとしては声優さんたちに『またザ・シンプソンズを演じたい!』と思い続けてほしくて、一番の恩返しは『ザ・シンプソンズのテレビシリーズに復帰してもらえるお手伝いをすること』だと信じてさまざまな活動を行ってきましたが、2016年に大平さんが86歳で天国に旅立ってしまい、残念ながらその夢は叶えることができませんでした。ただお別れの会では僕たちが贈った法被が一番大切に飾ってあって、さみしさと共にあらためて大平さんへの感謝の気持ちが募りました」と振り返りました。
こうした交流は大平さん以外のオリジナル声優たちとも現在も続いています。2019年11月末には約15人のファンに加え、マージ役の一城みゆ希さん、リサ役の神代知衣さん、クラバーペル役の巴菁子さん、スキナー母/パティ役の鈴木れい子さん、スミサーズ役の目黒光祐さん、ネルソン役の桜井敏治さん、ラルフ/トッド役の真柴摩利さんら声優陣が集まって恒例のファン交流会を行いました。
一城みゆ希が「どうしてもやりたい!」と懇願したマージ役
「ザ・シンプソンズ」に出演している声優陣は声優業界ではパイオニアや伝説と呼ばれる役者さんばかりですが、マージ役の一城さんは「パパ(大平さん)以外はみんなオーディションだったんです」と意外な秘話を語ります。
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