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町田の黒ギャルが地味な文学青年に一目ぼれするラブコメ『スーパーベイビー』を、相模原市民がレビューする(1/3 ページ)

【1話試し読みあり】町田のロケ地探訪もあります!

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 東京都町田市。「神奈川県町田市」やら「神奈川の植民地」やら「相模原市町田区」やら、この町を揶揄する言葉は本当に尽きることがありません。町田市は神奈川県相模原市に食い込むように隣接しており、19世紀末までは神奈川県であった過去も手伝って、確かに今も東京なのか神奈川なのかわからない雰囲気を醸し出しています。

 町田を走るバスは「神奈川中央交通」だし(通称「かなちゅうバス」)、町田でラジオアプリを起動すれば神奈川か東京か選択する画面が出てくるし、相模原にあるのに「町田店」を名乗る店舗は無数にあるし、実際に境界線変更が何度か起きていて、どちらに属するのかあいまいな場所もあるのです(ちなみに飛び地もあります)。かくいう筆者も町田を故郷だと自認しており、地元はどこかと尋ねられれば即座に「町田」と回答しますが、住所は神奈川県相模原市です。

 あいまい、半端、そこそこ便利。町田はそういう場所です。実際町田にいる人にとって、たぶん「東京」とか「神奈川」といった区切りは、たいして重要ではないのではないかと思います。町田にいれば、町田の中でそこそこに満たされているからです。

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主人公の玉緒(1巻表紙)

「そりゃー都会なら都会なほどいーし派手なら派手な方が絶対いい でもあたしにはこのちょーどよさが合ってんのかもって思う 眠らない街とまでは言わないし何でも揃うも言い過ぎかもだけど なんかちょーどいい なんかちょーべんり だからあたし 町田好きなんだあ……」

 丸顔めめ『スーパーベイビー』(芳文社)は、そんなあいまいでそこそこな町・町田を舞台にしたラブコメディです。主人公である玉緒は、町田を「なんかちょーどいい」という理由で気に入っています。熊本から上京し、ギャルアパレル系ショップの店員になった玉緒は、町田というそこそこの居場所と、町田に広がる劇的ではない日常に、それなりに満足して暮らしていました。

それなりの生活に満足する玉緒

 ある日、そんな玉緒の「ちょーどいい」生活に、突如「しゅきぴ」が飛び込んできます。しゅきぴ、ギャルの言語で「好きな人」を示すその相手は、玉緒の職場の地下にあるスーパーマーケットで働く地味な文学青年・山田楽丸でした。玉緒は従業員向け休憩所で偶然出会った楽丸に運命を感じ、猛アタックを開始します。

山田楽丸(2巻表紙)

 『スーパーベイビー』がいとおしく思えるのは、これまで幾度となく他者から否定されてきた玉緒と楽丸が、懸命に相手のことを考えながら手を取り合う、ごく前向きなエネルギーがあるからです。

 象徴的なのが、第2話の玉緒が楽丸に話しかけるシーンです。玉緒は楽丸に接近したい一心で、ネイルとマツエクをできる限り盛り、楽丸の職場に通い詰め、話しかけまくる日々を続けます。たまたま仕事終わりの楽丸に出会ったその日も、玉緒は「やっぱ運命ってマジだーー!!」と叫んで手を握り、楽丸に新しいネイルを見せました。

「やまぴ」こと山田楽丸を見つけてブチ上がる玉緒

 しかし楽丸は、なぜ自分が玉緒に気に入られているのかわからず困惑し、おびえて泣き出してしまいます。玉緒は楽丸の涙を見て初めて、思うがままに近づこうとする自分のやり方が楽丸をおびえさせていたことに気付いたのでした。

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 楽丸が自分を怖がっていると気付いた玉緒は、どうしたか? ――すぐに「あたしの何が怖い!?」と聞き、「尖ったつめ」が怖いという回答を得ると、その場で長く長く盛ったつけ爪を切るのです。それは決してギャルの矜持(きょうじ)をやめるという意味ではなく、楽丸をおびえさせないよう、今後は「尖ったつめ」=ポイントネイルではなくスクエアネイルにして盛ろう、という別の決意でした。

盛った爪を切る玉緒
「尖った」爪でなければよいと解釈する玉緒

 一方楽丸は、怖がる自分を見て爪を切った玉緒を前にして、初めてその爪が自分の気を引くための装飾であったことに気付きます。玉緒が爪を切ったことではなく、ネイルを最大限盛って話しかけてきたという玉緒なりの愛情表現に、楽丸は胸を打たれるのです。この事件をきっかけに、ふたりは会話できるようになるのでした。

 玉緒はかつて元彼からモラルハラスメントを受け、無理やり仕事を辞めさせられたり行動を監視されたり、ファッションを変えさせられたりした経験がありました。楽丸は医者の家系に生まれ、小説家になるという夢を抑圧され続けてきました。だからこそふたりは、自分が好きなことを否定されるのがどれほどつらく、悲しく、むごいことなのかを、とてもよく知っています。

 楽丸はメイクを落として全く違う顔になる玉緒を「顔がふたつあるってかっこいい」と褒めちぎり、玉緒は小説を書く楽丸が大好きだと言う。この関係が示しているのは、楽丸も玉緒も、相手の思うがままに生きようとする姿勢を愛しているということです。お互いにやりたいことをやってお互いに尊重しあえるふたりだからこそ、読者はたまらなく応援したくなるのです。

メイクを落とした顔もメイクした顔も好きだという楽丸

 また、そのように考えると、確かに『スーパーベイビー』の舞台は町田でしかありえないのだろうと思います。町田があいまいなのは、文化的なカラーにおいても同様です。2002年から2018年まで109のあった町田は、ギャルカルチャーのひとつの拠点でした(藤井みほな『GALS!』でも、主人公の彼氏は町田の住人です)。

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 同時に町田は、三浦しをん、西村賢太、道尾秀介など、多くの小説家に縁のある土地でもあります。玉川大学や和光大学、桜美林大学など、近隣の駅に芸術系学部を有する大学があることも相まって、多感な時期を町田で過ごした文学者は少なくないのです。

 新しいものと古いもの、体育会系と文系、都市とベッドタウン……さまざまなものがごっちゃに流入して成立しているからこそ、町田は奇妙な魅力を持っています。やりたいことも見ているものも違う玉緒と楽丸が出会えたのも、町田がそのようにあいまいな町だったからに違いないでしょう。

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