連載

意味がわかると怖い話:「異形の寺」(1/2 ページ)

不思議な誘い。

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 ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。


「異形の寺」 

『彼氏のふりして、一緒に実家に来てくれない?』

 春から始めたバイト先の学習塾で、指導係の社員の千尋さんから唐突にそんなことを言われた。彼女はH県の寺の娘で、実家から見合いをしろとうるさく言われるので、男を連れて帰って納得させたいというのだ。

『シフト見たけど、ヒマなんでしょ。1泊2日、カラダ貸してよ』

 面白そうだと思い、二つ返事でOKした。『みんなには秘密ね』という、年上の美人からの誘いにときめかなかったと言えば嘘になる。

 新幹線から鈍行に乗り換え1時間、日も暮れたころにやっと彼女の故郷のS町に着く。久宜寺(くぎじ)というその寺は、海を見下ろす岬に建っていた。異様な寺だった。「本殿」と「庫裏」だと説明された二つの建物はいずれも壁が真っ黒に塗られていて、全ての窓が雨戸で鎖されていた。

 「庫裏」は僧堂と寺務所を兼ねた施設、つまりは千尋さんの実家だった。玄関先で、そろって白い僧衣に黒い輪袈裟をかけたふたりの男性が待っていた。父と兄だという。父は『娘から話は聞いている』と言い、荷解きする間もなく食堂(じきどう)に案内された。

 娘の彼氏だ、質問攻めにされるだろうという予想は外れた。「父」も「兄」も、隣に座る千尋さんさえ一切、会話を交わすことなく、ただ俯いて夕食を――冷めきった豆の煮物やカビ臭い漬物といった、精進料理としても粗末な食事をつつくばかりだった。

 気まずい夕食の後で「兄」から『本殿の仏堂に布団を敷いたからそこで寝てくれ』と案内され、俺はいよいよ来たことを後悔した。

 仏堂には朱塗りの祭壇が据えられ、大小さまざまな二十ほどの仏像のようなものが並んでいた。いずれも彫り方はかなり荒く、かろうじて顔は笑みを浮かべていると窺えるものの、手足も判然とせずノミの削り痕が生々しい。似たものを教科書で見たことがあった。「円空仏(えんくうぶつ)、ですか?」

 江戸時代初期に全国を行脚し、各地に木彫りの仏像を残した僧。円空については、そのくらいしか知識はないが。

『似たようなものです。……お手は触れないように』

 「兄」はそう言ってこちらに薄く微笑んだ。

『夜が更けてから“何か”がやってきても、決して仏堂から出ないでくださいね。ただ黙って布団をかぶっていれば、朝になりますから』

『な……何か、ってなんですか?』

 ゾッとして訊いたが答えはなく、「兄」は、『火気厳禁ですので』とだけ言い置いて行ってしまった。

 庫裏にいるはずの千尋さんにLINEでメッセージを飛ばしてみたが、既読にもならない。

 スマホの時計を見ると、23時を回っていた。長旅の疲れを改めて感じ、早々に寝てしまうことにした。

 ――ふと目が覚めた。夜中の2時頃だったと思う。

 ぷたん、ぷたん、と、水気を含んだ重いものが床に叩きつけられるような音が、外から聞こえている。……足音? 俺は布団の中で身を固くする。

 月明かりが、仏殿の障子戸に「それ」の影を落としていた。

 四つんばいになった人間のように見えた。廊下を、何かを探すように這いずっている。犬が唸るような声が耳に届いた。

 ……寝る前に妙なことを言われたせいで、幻を見ているのだと自分に言い聞かせた。震える手で、枕元のバッグから煙草を探し、火をつけた。一服して頭が冴えれば、妙なものは見えなくなるはずだ。火気厳禁と言われたが、知るものか。

 背後でカタカタカタ……と乾いた音がした。仏像たちが小刻みに震えているのだ。

 すがるように煙草を深く吸い、電灯を点けようと壁のスイッチを探す。だが、なぜか灯りがつかない。

 唸り声が、はっきりした音として耳に届く。……エンクエンクエンク。そう低い声で繰り返していた。

 ――円空? 俺は倒れた像のひとつを手に取った。高僧の加護にすがる亡者の霊。そんなイメージが脳裏に浮かんだ。

 これが欲しいならくれてやる。無我夢中で、障子に向かって仏像を投げつけた。

 そこで記憶が途絶えた。

 

 翌朝、救急車のサイレンに目を覚ました俺は、障子の破れ穴と、床を焦がした吸殻を見て、「あれ」が現実だったのだと思い知らされた。

 外に出ると、救急隊員が担架で「父」をかつぎ出していた。仰向けにされた「父」は両手を虚空に伸ばし、驚愕したように目を見開いていた。……生きているようには見えない。

 それに、記憶にある彼の身長に比べて、担架が短すぎる気がした。下半身がどうなっているかは、毛布で覆われていて分からなかったが。

 茫然と立ちすくむ千尋さんと「兄」を見つけ、俺は駆け寄った。

「何があったんです?」

 千尋さんは俺の姿を認めると、泣き笑いのような顔をした。

『無事だったんだね……キミはここに居ない方が良い。早く帰って』

 肩を掴まれ、有無を言わさぬ口調でそう言われた。

 

 後日、千尋さんが塾を辞めたと室長から聞いた。

『急な話でね。2年連続で夏期講習中に参っちゃうよ』

 室長の言葉に、俺は聞き返す。「2年連続?」

 室長は苦い顔で、ああ、と頷いた。

『去年も今頃、バイトがひとり辞めちゃってね。彼も千尋ちゃんが指導していた男の子だったんだけど』

「その人は、どうして辞めたんですか?」

『さあ。郵送で退職届が送られてきて、そのまま音信不通でね』

 室長はそう言って溜息をついた。

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