そこに『ベルセルク』が確かにあった 作者亡き後、求められるハードルをはるかに飛び越えた連載再開(1/2 ページ)
ガッツたちの旅が、再び始まる。
漫画『ベルセルク』が6月24日発売の『ヤングアニマル』13号で連載再開、一挙2話が掲載された。
原作者である三浦建太郎は、2021年5月に急性大動脈解離のために亡くなった。そして、三浦の親友であり『ホーリーランド』や『自殺島』『創世のタイガ』などで知られる漫画家の森恒二が監修を、「スタジオ我画」のスタッフたちが作画を手掛けるかたちで、三浦の死後も連載が継続されるというニュースは、大きな衝撃と、そしてファンからの喜びをもって迎えられていた。
伊藤計劃の『屍者の帝国』 や、ヤマグチノボルの『ゼロの使い魔』など、小説では作者の死後に別の者の手により物語が完結まで執筆されたケースはあった。だが『ベルセルク』ほどの大長編漫画を、その親友が「生前に聞いたこと」を元に構築し、作者と共に歩んできたスタッフが総力を結集して完結まで描こうとする試みは、漫画の歴史上でも異例中の異例だろう。
そこにベルセルクが確かにあった
実際に『ヤングアニマル』で掲載された、亡き作者のペンが入っていない『ベルセルク』を読んだ感想としては……まずは「そこにベルセルクが確かにあった」という結論を申し上げておこう。
具体的な展開については、これから読む方も多いと思うので書かないでおく。だが、背景を含む細やかな描き込み、苦悶や驚きに満ちたキャラクターの表情、何よりド迫力のバトル描写など、作者の生前と遜色ない漫画作品としてのクオリティーに驚き、震えるような感動があった。
強いて言えばシールケの顔つきにやや違和感を覚えたほか、作画の濃さがやや和らいだ部分もある印象を受けた。とはいえ「言われなければ三浦健太郎が描いたものと見分けがつかない」「三浦がよみがえったようだ」とさえ思える仕上がりには、スタッフの想像を絶する尽力があったはずだ。
チーフアシスタントの黒崎によると、従来は三浦による作画比率が「99.2%くらい」で、スタジオスタッフによる作画比率は0.8%(ないしは1%)程度だったという。それを今回はスタッフが100%の作画を手掛けているため、作業工程はこれまでとは全く異なるものだったに違いない。また、まだ20代前半だという、スタジオ我画の杉本英輝が手掛けたカラー扉も素晴らしい出来栄えだった。
ちなみに、2021年12月に刊行された「ベルセルク」41巻掲載のラストに掲載された回は、三浦が生前最後のペン入れをしており、スタジオ我画が仕上げている。巻末にヤングアニマル編集部からの「今後の予定は今は未定」との文言が書かれていたので、おそらくは6カ月もない中で、スタッフはここまでの内容を描き切ったのだろう。
懸念を覆す「濃い」時間の描き方
筆者個人は『ベルセルク』連載再開について、正直懸念していたこともある。それは、生前に三浦健太郎から最終回までの物語を聞いていたという、監修者の森恒二の以下の言葉だ。
「皆さんにお断りと約束があります。なるべく詳細を思い出し物語を伝えます。そして三浦が自分に語ったエピソードのみやります。肉付けはしません。はっきり覚えてないエピソードもやりません。三浦が自分に語った台詞、ストーリーのみやります。当然完全な形にはならないでしょう。しかし三浦が描きたかった物語をほぼ伝えられるとは思います」
『ベルセルク』は作品内世界が強固であり、かつ尋常ではない描き込みの画と、丁寧な心理描写、大河的なスケールの大きさもあって、30年以上に渡ってスローペースな連載で物語がつづられてきた作品であった。「肉付けはしない」という森の言葉から、伝え聞いた内容だけを描くことによって、物語が早く進みすぎてダイジェスト的な内容になってしまうのではないかと、勝手な心配をしてしまったのだ。
だが、今回掲載された2話を読めば、それは取り越し苦労だった。実際の時間にすればほんの数分、いや数十秒にすぎないであろう内容を、たっぷりのページ数を割き、丹念な描き込みによって紡いでくれていた、その良い意味での「時間の進み方の遅さ」でもって、『ベルセルク』を形作っているように思えたからだ。
もちろん、今後やむを得ない省略が発生する可能性はあるが、それでも各描写がこのクオリティーであれば、多くの読者が納得できるのではないか。今回はバトルシーンが主だったが、今後はさらに『ベルセルク』らしい多層的で残酷かつ豊かな世界観、複雑に絡み合うキャラクターの関係性、そして物語についても「濃い」描き方をしてくれるはずだと、大いに期待したい。
スタッフたちの意志を継ぐ決意
作者不在での『ベルセルク』連載再開の報に、批判的な意見がほとんど見られなかった事実にも注目すべきだろう。
これには連載再開を告知した際の関係者のコメントも関係している。ヤングアニマル編集部からの「拙くても出来るだけ忠実にみなさんに伝えられる方法だと信じています」、スタジオ我画のスタッフからの「森先生、自分達にやらせてもらえないだろうか」、そして森恒二からの「わかった。ちゃんとやるよ」「三浦不在の『ベルセルク』に不満不服あると思いますがどうか見守っていただきたいと思います」といった文面からは、どうやっても三浦が描いたものに届かないことが分かっていても、それでも全力を尽くすという尊い意志が感じ取れた。
世界で唯一『ベルセルク』の最終回までの物語を知り、スタッフに伝える役を引き受けた森恒二。そして可能な限り生前の三浦に近い作画を手掛けるスタジオ我画のプレッシャーは尋常なものではなかっただろう。だが、こうして出来上がった原稿は、実際にファンの多くを納得させる、三浦の意志を継いだものになっていたのではないか。少なくとも今回掲載された2話は、求められるハードルをはるかに越えたものに見えたのだから。
今後、ヤングアニマル誌上では「幻造世界篇/妖精島の章」のラストまでの6話分が掲載され、その後は新篇に入る予定とのこと。しかも、2012年から2013年にかけて劇場上映された映画「ベルセルク 黄金時代篇」3部作が「ベルセルク 黄金時代篇 MEMORIAL EDITION」として2022年にテレビ放送されることが決定。8月6日より名古屋で開催の「大ベルセルク展」のチケット販売もスタートしているなど、メディア展開も盛り上がりをみせている。
作者亡き後の、その親友と、作品を支えてきたスタッフたちが紡ぐ、ガッツたちの旅路はどこに行き着くのだろうか。『ベルセルク』のファンの1人として、漫画史上類を見ない試みそのものを、見届けたい。
(ヒナタカ)
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