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うすら寒い火事 #私だけかもしれないレア体験(1/2 ページ)

「#私だけかもしれないレア体験」記事投稿コンテスト受賞作品。

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 2022年末からねとらぼ×note共同で行った「#私だけかもしれないレア体験」記事投稿コンテスト。今回は、まさに「自分だけかも!?」な体験をつづった、受賞作品をご紹介します。

うすら寒い火事

あんまり素敵なレアではないのですが、1つお話させてください。


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「近所の家が火事になる。」


これだけならまだ「レア」というにはまあ、よくあることだと思う。

あまり起こってほしくはないことだけれど。

冬の時期、消防車のサイレンを聞くのが毎日だってときもある。

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消防車が身近であるということは、かなしいかな、

火事も身近ということである。レアではないだろう。



では、これならどうだろう。

「近所の家は今3回目のリフォームだが、いずれも火事が原因で全焼している。」

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本筋に行く前に軽く説明しておきたい。


私は田舎の出で、今回はそれはもう、限界集落のある農村の話である。

集落全員が同じ苗字のため、今なお屋号がある。

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そんなレベル感だと思っていただきたい。

個人を簡単に特定できてしまうので、私はここでダミーを紛れ込ませることをご了承いただきたい。


わたしの家は「ゴンベ」で、火事のある家は、「フネヤ(フナヤ?訛っててどっちか分からない)」と言われていた。

(小さい時からそう呼んでいるので、どんな漢字が当てはまるのかは知らない。権兵衛と舟屋、だと思うけど)

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私が高校3年生の時だったから、とてもよく覚えている。

受験生の冬、1月だった。

当時は、高校生が大学に行くには、センター試験と呼ばれるものを受けて、必死こいて合格して、初めてその大学の二次試験を受けるものだった。

例に漏れず、私もその1人だった。

将来なんて分からないままとりあえず勉強して、飽きて、ちょうど晩ごはんを食べ終わって休んでいたころだった。


21時45分。


ちゃんと時刻も憶えている。

田舎に住む祖父母は19時には床に就き、

父は酒を飲んで既に眠ってしまっていた。

母は我々が食い散らかした食器を洗っていて(7人家族だったから量が多かった)、

私と弟はテレビを見ながら小さいストーブで暖を取っていた。


雪国は体一つで生きていくにはどうにも寒すぎる。

小さなストーブの前に私と弟がせめぎあった。

ストーブの前はいつも年功序列で、いつも祖父か、気の強い姉が座っていた。

夜も更けないと私や弟は取れなかった。

(給油サインが『きらきら星』のものだ、と言えば、

雪国の方は大抵分かっていただけるサイズ感だと思う)


暖をとりながら、たいした面白い番組もないが、勉強の気休めにはなるテレビをぼーっとみている。

ひたすらぼんやりとみていると、外からなにか、声が聞こえた気がした。

弟も母親も気づかない。でも誰かの声がする。

壮年の、しゃがれた男の人の声だ。


(こんな夜にだれだよ)


----東京の街は眠らないから分からないだろうか、

19時を越えるとこの町は深夜で、人っ子一人出歩かない。

そんな時間に外からくぐもった、それでも慌ただしい声が聞こえる。


「ごんべー」(うちの屋号だ)


「おきろー」


「ごんべ」


「寝ったんだが(寝てしまったんだろうか)」


我が家のことをゴンベと呼ぶのはこの集落の人だ。

その時点で私はただごとではないなと思った。

何度も言うが、ここは19時以降は深夜なのだ。

夜更けに家を訪ねるのは大変失礼だろう、

外からそんなに叫ばなければならない事態が、今起きている。


リビングのドアを開けて、玄関まで早歩きで駆けていった。

私はサッと血の気が引いたのを覚えている。

玄関の曇りガラスが、真っ赤に染まっていた。


昼のように明るかった。



火事。


おっきい火事だ。


さっきの声は隣の、マサルちゃんちのおじいちゃんだった。

普段とても穏やかで寡黙な人が、叫んでる。


「火事だ」

「皆起きろ」

「火事なんだ」

「起きろーーー」


雪が音を吸収するし、それでなくても玄関越しの叫び声はくぐもって聞こえる。

時刻は22時も近い。

こんな声で起きる老人たちがいるだろうか。


私はこの時18歳だった。

鹿より大きな火を見るのは初めてだった。怖かった。

私に背を向けてバシャバシャと食器を洗う母親に向けて駆け戻った。

動悸を抑えて、たどたどしく言うのが精いっぱいだった。


「ねえかあさん、マサルちゃんのじいちゃんが、火事、だって言ってる」


そこからは早かった。

私と同じように玄関に駆け寄った母は、私と同じように真っ赤なガラスをみて「ぎゃあ」と言い、

慌てて私に指示をだした。


「アンタは父を起こしなさい!消火に行かせたらじじとばばを起こしなさい!早く!」


「ええっ、え、え、…?あの人深酒してるんだよお…」


「火事っつったらどんな人間も起きるわ!!!」


(このくだりは本当に覚えている。我ながら情けなかったから)


そして母の言葉通り、「父、火事」と言っただけで、父親は「どこだ!」と飛び起きた。


「フネヤだ!」

外から母が伝えてきた。


父は冬でも下着一丁で寝ていて、そのままツナギ(作業着?)を取りにかけていった。

父は消防団だったからか、動きに迷いがないようにも見えた。

有事の際の父母がしっかりしていて、少し冷静になったことをおぼえている。

私は、父にしたのとおなじように祖父母をとりあえず起こしに行った。


フネヤさんちからみたら、我が家は坂の上にあった。

集落の中で、絶対延焼しない最寄りがうちだったので、

とりあえず緊急避難場所は我が家に設置することになった。

父含め、集落の消防団が初期消火にあたり(というには広がり過ぎていたが)、

しばらくしたら町の消防車が到着した。


実は火事を知らせてくれた家の、マサルちゃんは消防隊員で、まっさきに来てくれた。

延焼を防ぐためとはいえ、仕事で自分の家に水をぶっかけることになるとは思わなかったと後に言っていた。


ここは山の中にある集落だから、

家々をつないでいる道はすべて坂道だった。

(何て言ったら伝わるんだろう、山頂までぎざぎざに折り返しながら続く坂道、その踊り場に家々が立っているイメージ。)

マサルちゃんの家とフネヤさんは本当の隣同士、

我が家からみたら坂の下にある。

家からは火の全貌が良く見えたし、

暖かくて黒い煤は上に巻き上げられ、煤の臭いがよく届いた。


いつも笑顔で挨拶してくれるフネヤのおばちゃんが、泣きながら、靴下のまま、雪道をあるいてこっちにきていた。

父母は消火活動にあたっていた。祖父母は起こしたがどうにも姿を現さない。

家には私と弟がいた。

避難場所として機能させるには、私がしゃんとしなければならなかった。


おばちゃん、

怪我はしてなさそうだ。でもずっとああ、ああ、と泣いている。


「ああ、ああ、」


「おばちゃん、怪我ない?寒い?」


泣きじゃくってるおばちゃんを見て、何て言ったらいいか分からなかったから、事務的な言葉しか言えなかった。

挨拶する程度なのだ。思春期もあってずっと喋ってこなかった人相手に、私は何が言えるだろうとずっと考えながらしゃべっていた。

こんな緊急事態じゃなければ、おばちゃんと言うのも気恥しかったろうな、と思う。


「靴下履き替えよう、濡れてるから。上着ももってくるから。中に入ろう。男たちが火消ししてくれるから。大丈夫だから」


私の家の玄関からは、フネヤさんちが全部見える。

しゃがみこんだおばちゃんに絶望をたたきつけるには、良く見えすぎてしまう。

本当に中に入ってほしかった、

私はこのありさまを見せたくなかったけど、

中に入ろうなんて私の声はいっそ残酷だろうなと思って、途中でやめた。


私だって自分の家が燃えていたら、呑気に寒いから中に入ろうとは思えない。

何もできなくても燃え続ける様を最後まで見てしまうと思った。

私は戸惑っている弟から、先ほどまで暖を取っていたストーブをひったくり、玄関に引きずりだしてきた。

コンセントの長さが間に合ってよかった。


「ああ、ああ、」


まだこの時は火元が分からなかった。

何で燃えたのか、おばちゃんにも分からなかった状態で、おばちゃんは悲しそうに泣いていた。

私は冷えた小さい背中をさすって温めることしかできなかった。




「------…燃やしてしまったあ」


私は最初、おばちゃんの不始末で燃えたのかと思ったが、違った。

もっと大事な重圧につぶされそうで、おばちゃんは小さく泣いていた。


「おとうさん今いないのに、家を燃やしてしまったああああ………」


フネヤさんちのお父さんは今、体の調子がよくなくて入院していたのを私は後で知った。

家を守るのは女の責務だと、真面目なおばちゃんは感じていて、

おとうさんが返ってくるまで、私が家を守らなければと、毎日張り詰めて過ごしていたんだそうだ。

あんまりに悲しくて小さい背中だった。



「生きているだけで良かったんだよ!」


私は本気で思った。でも、なんて空虚な慰めだ。

あんまりにお気楽で、上滑りする慰めだと、自分で思った。


こんなに大きな火事なんだよ、今に全焼するだろう。

悲しまないでおばちゃん。

生きててよかったって図太くなってよ。

家はまた建つから。

お父ちゃんも、みんなが無事なら心配せずに帰ってくるから。


まっさきに自分を責めてしまうおばちゃんがかわいそうでかわいそうで、

私は冷えた背中を思わず抱きしめた。

耐えられなかった。


フネヤさんちの若いお父さん、奥さん、小さな息子さんが次々と集まってきた。

みんな一様に焦げ臭かったけど、誰一人怪我してなかった。

私はそれだけでよかったと、滑稽に思い続けることにした。

絶望の空気の中で、私だけはピエロでいいと思った。

空気を読まずに生存を喜ばなければならないと思った。

誰も責めない。自分で自分を責める人ばかりだ。


ひょんなことから自殺する県民性なのを知っていた。

私は明るくなければならないと思った。それが子どもの仕事だと、分かっていた。


我が家は夜通し家を貸した。

1時を回るころには、私は受験生だから、と変な気を遣ってもらって、

後は大人たちで話すから、布団にもぐれと言われた。

眠れるわけがなかったが、

おびえる弟を呼んで、その日は2人で布団にもぐりこんだ。


そんな日から1週間ほど経った頃。

ちょうどセンター試験が終わって、自己採点しに学校に行く頃だったと思う。自主登校日。

あの火事はひと段落していて、祖父母が神妙な面持ちで、学校から帰ってきた私に手招きをしていた。

坂道だから、当然我が家に行くには、フネヤさんちの前を通って帰る。

煤けた黒い雪だけが生々しく残っていた。



「あんたには話しとかないといけないと思って」


あの火事を見て、祖母は急に怖くなったらしい。

姉ぇは東京におって、帰ってくる兆しもない。

跡継ぎの弟はまだ小学生。

あんただけは、覚えていて欲しい。ばばは急に怖くなってな。


「うちのお山には、フネヤさんにいつか返さなければならない神さまがおるだで。」



いきなりなんのことだと思った。


「あそこの神さまは、

フネヤの爺さんがお山を開拓するとき、

工事の時に、いっとき仮置きする、という約束で、ご神体をうちのお山においているんだ。

返してない理由はばばも分からないけれど、なんでかそのままうちに居座るようになった。」


「待って、何の話」


「聞け。神さまは当然、フネヤの神さまだから、

フネヤの土地に帰りたくて、定期的にフネヤを燃やすんだ。

うちからフネヤはよく見えるから。

火事の時はかならずうちが避難所になるから。

これで3度目だ。60年前からだって。あそこは燃える家なんだ。」


「は?」


フネヤの若い父ちゃんの、寝たばこが原因ってあとで分かったじゃん。

そんな非科学的な、とも思ったが、

祖母のどうにも本気の顔でうまいこと言葉が出てこなかった。


「いつか返さなければならねえんだ。


返さなければならねんだども…」


それが本当ならとっとと返せばいい。双方の合意であるのなら。

有無を言わさずに。迅速に。ご不幸が減るのであれば。


「事情を知ってる人がな、フネヤのお父ちゃんだけだったんだ。合わないんだって。なにがしかの改宗がしたくてだか、よくわからんが、神さま受け取りたくないとずっとゆっとった。

受け取りたくないからずっと家族に秘密にしてたんだと。

じじもなんども町内会で諭したんだけども、聞きやしない。


でもフネヤのお父ちゃん、家が燃えたことを告げたら、


ショックだったんだろうか、1週間もたたずに亡くなってしまって、」




ばばは怖いよ、神さまの祟りだと思うもの。



「向こうが受け取ります、と言わないと渡せないべ。」


誰も知らない神さまを「あなたの神様です」って返すのは無理があるんだ。

でもいつか、うちの子達が覚えてくれれば返せるときが来るかもしれない。


「あんたはこの話を覚えておいて、弟が大きくなったら伝えるんだよ。いつかの代で返せればと、ずっと思っとったんだがねえ……」




近代稀に見る中々レアなお話だと思う。いかがでしたでしょうか。

火事が怖い祖母の妄言なのか、どこまで本当のことなのか、私にはわかりません。

実際に、後日祖母と行った神さまの仮置き場所には、ちゃんと祠がありました。帰してあげればいいのに、知る人がいなくなった神さまはどうなるんだろう。今の所、30年に1回ぐらいのペースで家が燃えているんだけど、次の周期はどうなんだろう、とか。この話は父母は知っているのか、とか。

色んな疑問を抱かせる、何だか嫌なお土産をもらったなと、いう気分でした。

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