アニメーション監督・新海誠が語る――映像を文字にするということ:『小説 言の葉の庭』発売記念(3/5 ページ)
登場人物の視点を相対化することで広がるストーリー
―― 小説の中で特に思い入れのあるストーリーはありますか。
新海 さっき映画に心残りだとか、語り足りなかったことはないといいましたけれど、強いていうならば、映画で雪野をいじめていた女子高生の相澤さんの描写が、46分という中編映画の中で描くには限界があって、彼女に悪かったなあという気持ちがずっとあったんです。ほんと単純にただの悪役という見え方になってしまったなと。
映画を作っているときから、彼女のバックグラウンドのストーリーを考えていたわけではないですが、たぶん彼女は雪野のことがかつて好きで、何かをきっかけに気持ちが反転しちゃったんじゃないか、ぐらいのイメージはありました。でも、そこまで掘り下げて映画にすると、とても尺が足りないのであの形にしたんです。
そういう意味で、今回小説を書くに当たって、相澤さんのエピソードをどういう風に掘り下げることができるかは、ひとつの大きなテーマでした。小説の中で一本だけ選ぶとしたら、僕にとって重要だったのは相澤さんのストーリーです。相澤さんの話の前に、伊藤先生と相澤さんの話があるんですが、孝雄と雪野の物語が主軸だとしたら、その裏側にある物語が、相澤さんと伊藤先生の話だと思うので、この本にとっては重要だと思います。
―― 牧野という存在を登場させることで、相澤さんの印象を変えたわけですね。
新海 牧野くん、相澤が変わるきっかけとなってしまった先輩男子ですね。でも、例えば牧野の物語を書くとしたら、やっぱり彼なりの事情が書かれるべきだと思うんですね。最初から悪役の属性を持って生まれてくる人なんていないわけですから。
ただ、その相対化をどこまでも繰り返していってしまうと、本としても終わらないので、牧野は相澤の方向を曲げてしまったひとつのきっかけとしての役割に留めたんです。そんな風に視点をどんどん相対化して、彼はこの人にとってはこう見えるけれど、彼にとってみたら実はこうだったみたいなことをやりたくて、語り手を次々と変える構造で書きました。
―― 本作には多くのカップルが登場しますが、年齢差のあるカップルが多いですよね。
新海 もともと映画本編が年齢差のある2人の物語でしたので、その2人の関係性や描写を補強するために結果的に年齢差のある人たちが出てきたのかもしれません。そもそも映画の中で、孝雄と雪野という12歳年齢差のある2人を描こうと思ったのは、年齢差のある2人を描くことが、その2人の後ろにあるそれぞれの属している社会を描くことになると思ったからなんです。
たぶん2人は、気持ちの上だけとってみれば、単純に惹かれあうところもあるんだろうし、お互いに励まされてる、慰めあってるところもあると思います。でもストレートにその気持ちのままに行動できないのは、年齢差があるからです。
もっと言ってしまえば、それが社会的な属性の差になるわけです。雪野は27歳ということで当然社会人で、かつ、彼女の場合は高校の先生であったわけです。孝雄は15歳の学生ですから、社会人と学生、恋愛しちゃいけないというわけじゃないですけど、でも、その社会人と学生が自分の気持ちのピュアな部分だけで、それをお互いに無遠慮にぶつけあって、付き合えるわけではないと思うんです。年上の人に対して、つい卑屈に思ってしまうとか、嫉妬してしまうようなこともあるだろうし、その人の背負っている社会的な属性との絡み合いが現実の恋愛にはあったりするでしょう。『言の葉の庭』という作品は映画でも小説でもそういったところも描きたかったんですね。
個人のピュアな気持ちのぶつかりあいだけではなく、実際に社会の中で、社会的属性を背負った中で、どうやって人間関係を進めるか、積み上げていけばいいのかを考えたり書いたりしたくて、年齢差のあるカップルを取り上げました。
―― いろいろなカップルが登場する中で、本音をぶつけあったのは孝雄と雪野だけだと思いますが、他のカップルとの違いはどういうところにあったのでしょうか。
新海 まずは、この物語は孝雄と雪野の物語なので、彼らの成長を描くべきだと考えました。だから孝雄と雪野が先に進むために、それぞれの本音をぶつけあうということが必要だったと思います。
小説版に登場する他のカップルたちも、物語に描かれている以外の時間軸で本音をぶつけ合うようなことはあったと思いますよ。ただ単純に、この物語は小説も映画も孝雄と雪野の成長物語として構成していますので、この2人の描写にある程度絞っているというだけです。
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