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インタビュー

KDPで電子書籍の稲穂は実ったか(2/3 ページ)

AmazonのKindle ダイレクト・パブリッシングが登場したことで、個人出版が改めて注目されている。早くから電子書籍に並々ならぬ関心を寄せ、いち早く著作を販売して話題となった漫画家の鈴木みそさんに話を聞いた。描き下ろしイラストにも注目。

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出版社との交渉「カードはこちらに」


(C)Miso Suzuki (記事のための描き下ろし)

―― 実際にKDPを自分で始めるに当たって、著作全部の出版社に交渉を行ったんですか?

みそ まだすべてには行ってないです。具体的に言うと講談社はまだです。ブルーバックスの2冊(※注4)なんですが、どちらも原作者がいて、その原作者のOKを取らなくてはいけないのと、まだ紙の本として全国で動いているんですよ。電子書籍でもそれなりに売れるとは思いますが、紙の本としてちゃんと売れているものを無理に電子書籍化しなくてもいいだろうと。

―― 本のテーマ的にも、ちょっと読むというより熟読するタイプのものですしね。

みそ 最終的に電子書籍にはしたいんですけどね。講談社というと、電子版の印税が15%というのを僕が「15%かよ!」って声を挙げて話題になったことがありました。あれ、実際は僕が15%、原作が10%の25%だった。その言葉がそのまま拾われてネットに広がっちゃったりしましたが、あれからももう2年たつんですね。まだ契約は結んでないんですが。

―― 他の出版社とは交渉が終わられたわけですか。

みそ はい。各出版社で対応は違いましたが。自家出版するに当たって、エンターブレインと徳間書店は出版社側の取り分は要らないと。エンターブレインの方は、版面データは提供できないので、こちらで配信データをイチから作り直す必要がありましたが、徳間書店は版面データやスキャンデータも使用してよいという返答でした。ただ、徳間書店では将来電子書籍化をこちらでも行うかもしれないというので、その場合は競合しないよう対応してほしいという注文がありました。

―― 双葉社とは金銭面の取り交わしもあったんですよね。

みそ 『アジアを喰う』で当時担当いただいた方が、現在デジタルコンテンツ事業の担当になってました。で、双葉社としてはやはり自社で電子書籍化して併売できる可能性は残してほしいと。逆に独占したいというのであれば、何らかの対価が欲しい――何%か戻せるかということでした。

 そこで僕が提案したのが、先方が提示していた%と同じものを返してやろうと。「これは面白い。交渉カードはこちらにあるんだ」と思いましたね。出版社と一緒に作った本であるというのはもちろん感じているのだけれど、版面権とか著作隣接権とかではなく「著作者が著作料の一部を出版社に戻す」ことにしたんです。この流れが了承されたので、出版にこぎつけることができました。結局30%でということになりましたね。


みそさんの制作環境。

―― 交渉が終わっていよいよ実際の制作に入られるわけですが、出版社単位で条件の違いはありましたか?

みそ 先ほども少し話しましたが、エンターブレインはこちらでイチから作成しました。セリフもイチから打ち直して、表紙も作り直しました。これはデザイナーなどの問題もあるんですが、「イチから全部作ってあれば、作家個人が出版したということで、自由にして頂いて結構です」ということだったんです。なのでKindleのものは、完全に僕個人の刊行物になってます。

―― 徳間書店のものはデータ提供OKということだったので、私の方から提供させていただきました(※注5)。カバー、データ制作のクレジットを残すことで権利をクリアにして頂きましたが、こちらも基本無償。双葉社はどうだったんですか?

みそ 本をスキャンしたものをデータ化したものについては、そのまま配信してよいというOKをもらいました。あとは表紙を作り直すだけなので楽だなと思っていたら、『アジアを喰う』は僕以外の方が書いた文章のページが入ってるので、そこを削除しなきゃいけない。そうするとページの流れが変わっちゃうんで、結局イチから作り直さなくちゃいけなくなりました。編集部から戻ってきていたデータに、1200dpiのネームも貼り込んであるものがあったので、それを使ってまとめ直しました。

―― 製版データですね。今はコミックだと1200dpiの版面データを最終的に出力して、それを印刷用版面にするんですよ。

みそ そうなんですか。もうフィルムで撮ったりじゃないんですね。まぁ実際に電子書籍にするときにはそれを縦1200ピクセルまで落としてるんですが、いったい何分の1だよっていう。実際に配信するデータはPhotoshopで加工する際、JPEGの品質を半分以下に落としていますが、これがどれくらいまで大丈夫なのかは悩みどころです。サイズが大きいとダウンロードの時間も掛かるし、データ通信料として売り上げから引かれる金額も大きいですしね。でも小さくし過ぎると汚くなっちゃうし。

 作品によっては自分でIllustrator上でセリフを貼り込んであるデータもあったりしますが、これもソフトのバージョンアップなどでそのまま使えなかったり。テキストの組みがずれるんですよね。自分自身のデータでも整合性が取れないのに、出版社とかどうしてるんだろうと(笑)

―― 出版社の中でも整合性は取れてないですね(笑) データに抜けがあったりはしょっちゅうですし。ちょっと古いとQuarkとか使ってますから、今のMacだと当時のソフト自体が走らなかったりします。もっともデータ自体を持ってない出版社も多いですが(※注6)

みそ 著作隣接権うんぬんより、その辺りをちゃんとしてほしいですよね(笑)

―― 『限界集落温泉』の配信に当たっては、画像サイズのトラブルとかあったそうですが。

みそ そうなんです。最初、Kindle Paperwhiteで表示確認をしていて、通常のやり方だと周囲に白が出てしまうんですが、ページのHTMLファイルを書き直して、周囲の白が出ないように調整したんですね。タグ打ちなんて久しぶりでしたが、「昔、ホームページ作って良かった!」って思いました(笑)。

 ところがこれをiPadなどで見てみると、画像サイズが不足していて、隅に寄った形で表示される。「しまった!」と急いで作り直しました。でもそのデータを以前のデータと同じバージョンとしてアップしてしまって、同一バージョンなのに違うファイルというおかしなことになってしまった。なので再度アップデートしました。

 Kindleストアではデータをバージョンアップする際に、購入者全員に告知するか、作者の側で必要に応じて告知するか選べるようになっていますが、そのせいでやや混乱した通知が行くかもしれないです。すみません。

―― エンターブレインの本では『銭』などもありますが、そちらの発刊の予定は?

みそ 『銭』はできないんです。すでにエンターブレインで電子書籍化されてるので。『限界集落温泉』の契約では、電子書籍の項目については、「自分でやりたいから外しておいて欲しい」と要求し、「電子出版については、別途協議の上決定する」としていたんです。『銭』でも同じことを要求していたんですが、うまく上に話が通っていなかったようで、ある日「Kindleストアに『銭』が出てますね」と聞いてびっくりしました。

―― 出したくても出せない状況になってたわけですね(笑)

みそ うん、まぁ『限界集落温泉』もここまで売れるとは思ってなかったし「まあ、いいか」と。これからも仕事でお世話になる会社ですし、自分自身も無理強いしてまで全部の著作をいますぐ電子出版したいわけでもない。バタバタするのもカッコ悪いでしょ。とりあえずまず、ちゃんと出せるということと交渉の仕組みを作っておくのが先ですから。『銭』なのに(笑)

―― 『銭』らしい逸話ですね。ということは角川グループが運営する「BOOK☆WALKER」でも販売されているわけですね。

みそ そうなんです。実は『限界集落温泉』の1巻も販売されていて、それは止めてもらったんですけどね。『銭』もその時止めたはずだったのに、なぜかそのまま販売されてる(笑)。


Jコミで公開されているみそさんの『あんたっちゃぶる』

―― 最初の話には出てきませんでしたが、『あんたっちゃぶる』はJコミで出されてますよね。あちらも将来的に自家出版するんですか?

みそ 『あんたっちゃぶる』や『おとなのしくみ』(※注7)は難しいですね。あれは取材ものですが、自家出版となると、イチから作り直す。ということは再編集した「別の本」という認識になるので、取材内容の許諾を再度取らなくちゃならないんです。

―― ネタ的に当時は良くても、今はダメというゲームメーカーなどは多いでしょうしね。

みそ ですよね。なのであのシリーズについては「当時の本をそのまま流通させているだけ」ということで、Jコミさんに託してます。Jコミさんは法務の担当の方がいるんで、そのあたりをきちんと確認、処理してくれるんですよ。これは個人からすると心強いですよね。『おとなのしくみ』もJコミさんで、こちらはファンディングで出そうという話で今、動いているところです。

注4 『マンガ 化学式に強くなる』(原作:高松正勝)、『マンガ 物理に強くなる』(原作:関口和彦)の2冊。
注5 『僕と日本が震えた日』は編集・制作を筆者が担当していた。
注6 QuarkExpress 3.3はDTPの初期に使われていたソフト。Mac OS9以下の環境でないと動作しない。また出版社のDTPデータは、制作会社や印刷所が管理している場合が多い。
注7 『ファミ通』(当時は『ファミコン通信』)連載のコミック。ゲームメーカーなどに取材し、業界を独特の皮肉やギャグを込めて描いている。

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