人生を味わう極上の一杯『ラーメン食いてぇ!』の林明輝に聞く:単行本発売記念(2/2 ページ)
講談社のWebコミックサイト「モアイ」に掲載されるや、またたく間に話題となったマンガ『ラーメン食いてぇ!』。ラーメンマンガとひとくくりにできない同作の魅力をお届けする。
見開きに込められた2ページのドラマ
―― 作画はデジタルですか? アナログですか?
林 完全にアナログですね。「ラーメン食いてぇ!」を3年前に描き上げてからは、生徒に教えるばかりで自分の作品を描いていないんですよ。
―― となると、新作の予定はまだ?
林 プロットはあるんですけど、それをネームにする時間がないんですよね。
―― 作品として発表される日を楽しみにしています。「ラーメン食いてぇ!」で、ここは注目してほしいというコマやページってありますか?
林 見開きページですね。見る分には一瞬ですが、ものすごい手間が掛っているんです。これは第7話の見開きですけど、この2ページに20ページ分くらいのストーリーを描いています。もったいないって言う人もいるんですが、いろいろと細かく描いていくよりも、さささっと描いていって、はい落ちたーって結末を迎えた方がカタルシスを感じやすいと思うんですよ。疾走感に快感を感じることってあるじゃないですか。「宇宙人かよ!」なんて、読み切りで一人の人間の半生を描いちゃってますからね(笑)。
あとは第4話に登場する茉莉絵がランニングするシーン。右上と左下をかぎかっこにして、細長く囲むことで、毎日ラーメンの修行をしているんだということを伝えています。ランニングシーンの風景は資料を探したんですけど、本当に時間が掛りましたね。細かいことにものすごい時間を掛けています。
偶然が生んだタジク族との出会い
林 『傘がない!!』『宇宙人かよ!』みたいな60ページくらいの読み切り作品が自分の性に合っていると思うんですよね。そこそこのボリュームで、しっかり最後のオチまで練り込んであるものを読むときの快感ってあるじゃないですか。それって1本の映画を見るのと同じ感覚だと思うんです。
―― 短いけど面白さがぎゅっと濃縮された作品ということですか?
林 そうそう。「ラーメン食いてぇ!」も最初は60ページぐらいに収めるつもりだったんです。でも、ウイグルの話を描き始めたら60ページになんて全然収まらないわってなっちゃって、成り行き任せで描いちゃった。
―― そういえば、ウイグルに自分のルーツを感じたとFacebookに書かれていましたけど、あれはどういう意味なんですか?
林 作中でも、茉莉絵が中国人だっていう描き込みでいじめられたりしていましたけど、実はうちの親父が台湾の生まれなんです。私が大学生のときに家族全員で帰化しました。
なので、中国に縁があるっていうのと……、あと、椎名誠さんが楼蘭を訪れるっていう番組が20年くらい前にあったんですが、そのときに見たタクラマカン砂漠の辺りにすごく興味が沸いたんです。
いまってSNSとかで、人同士が過剰にくっつき合うじゃないですか。なので逆に連絡手段がない場所の話を描きたかったというのがあります。あそこは本当に連絡つかないんですよ。ウイグルってめちゃくちゃ広いので、場所によって事情が全然違うんです。首都のウルムチだったらそれなりに都会ですけど、ちょっと離れた場所になるとネットでも断片的にしか情報が得られない。
なので、作品を描くに当たってウイグル全体を知っている人に取材しないとと思って、担当さんに今岡昌子さんというウイグルに詳しい女性カメラマンの方を探し出してもらいました。
今岡さんからは、ウイグル西端のアフガニスタンに抜ける辺りの景色が美しく、またそこに住むタジク族という民族も素晴らしい人たちだったという話を聞いていたんですけど、それからしばらく経ったころに、関西テレビでタジク族の人たちを特集した番組がたまたま放送されたんです。偶然だったんですけど、何か縁を感じましたね。「ラーメン食いてぇ!」に登場する遊牧民の暮らしぶりや情景などは、その番組をかなり参考にさせてもらっています。
リアルな描写は徹底した取材から生まれる
―― 林先生は取材にすごく力を入れていますよね。
林 取材して、いいなと思っても使わなかったものがものすごくありますね。「Big Hearts」の時も取材にかなりの時間を割いて……「ラーメン食いてぇ!」から話外れちゃうけど大丈夫ですか?
―― 「ラーメン食いてぇ!」で先生の作品に興味を持った方には、ぜひ「Big Hearts」も読んでもらいたいと思っているのでお願いします。気になっているファンの方もいるでしょうし。
林 「Big Hearts」に登場する「アーバン ボクシングジム」にも、実は元になったジムがあったんです。そこの会長さんは秋田裕司(編注:作中に登場する「アーバン ボクシングジム」の会長)そのまんまな人で、広告代理店で働いているときに知り合って取材させてもらいました。
そのほか、鴬谷の方にある国際ボクシングスポーツジムでも取材しました。こちらは「セントラルボクシングジム」の元ネタになってます。当時、三浦利美さんというトレーナーさんがおられて、セレス小林という後に世界チャンピオンとなるボクサーを育てていたんです。その二人の練習風景を長回しでひたすら録ってました。なので「Big Hearts」の登場人物の動きには、セレス小林の動きがずいぶん反映されているんですよ。
試合にもよく付いていって、控室とか医務室といった裏側も取材しました。三浦さんはセレス小林以外にもいろいろな選手を担当されていて、その中に稲村健太郎という栄一みたいに顔の整った東大の医学部の子がいたんです。ある試合でほおの骨を折られたんですけど、それすら研究対象にするような人でした(笑)。国際ジムにはほかにも、博士課程の人だったり、インテリで熱いハートを持ったボクサーがたくさんいました。
―― 一流企業をやめてボクシングの世界に飛び込んだ栄一、似ているものがありますね。
林 考えていた栄一の像とぴったり重なったこともあって、ジムには何度も通いました。でも密着しすぎたせいで、どんどんリアルボクシングに心酔していって、話が飛躍できなくなちゃったんです。第1巻の表紙に「漫画じゃねえんだからよ 必殺パンチなんて見たかねえんだ!!」って書いてますけど、本当に必殺パンチなんて描けなくなりましたよ(笑)。そこは苦しんだ部分でもありますね。
―― なぜそこまで取材にこだわるのでしょうか。
林 デザイナーやってた時にテレビコマーシャルも手掛けていたんですけど、ちょっとロケするにしてもロケハンが半端なかったんです。そういうこともあって、取材することが当たり前になって。そりゃあ、こんなにかっちり取材していたら連載なんて到底できないですよね(笑)。
―― 「ラーメン食いてぇ!」ではタクシー会社に取材したんですよね。
林 近所のタクシー会社で取材させてもらいました。運転手の方がとても味のある顔をしていたので、そのままモデルにしています。赤星がタクシーの窓から逃げるシーンも芝居してくれたり、ノリノリで引き受けてくれてくれました。
コストパフォーマンスの面で考えると、バカじゃないかといわれるような作り方をしているわけですけど、職人の血が流れてるのかな、採算じゃないんだよね。
物語に隠された大きなテーマ
林 「ラーメン食いてぇ!」は第7話で人気に火がついたんですが、それはなぜかというと第6話で赤星が紅い塩に出会ったからなんです。
―― と、いいますと?
林 読者の中には、なぜ群馬県とウイグルの話が並行して進んでいるのか分からない人が多かったと思うんです。でも、紅い塩が登場することによって、日本とウイグル、離れた場所で展開されていた2つの物語が繋がるわけです。
赤星と烈土が遠い昔に兄弟だったという描写などは、最初からファンタジーとして描いていたのなら問題ないんですけど、あくまでリアルに描いていたので、読者が面食らわないかなと、自分でも描いていてドキドキしました。
―― 紅烈土、赤星亘と名前に赤をイメージした名前のキャラクターが多いですよね。
林 紅烈土の烈土は父の本名なんですけど、「れつど」と読みます。これはちょっとした言い換えですけど“レッド”とも読めますよね。あと、作中の名字は紅で赤を表わす。小島朱美の朱も赤を表わす字ですし、あと最終話で登場しているドレッドヘアーの兄ちゃんのTシャツには「REDS」ってプリントされてたりします。赤という1つの言葉を共通させることで、皆が同族であることを表わしているんです。
最近、嫌韓ですとかヘイトスピーチですとかいろいろな問題が取りざたされていますけど、私はそういうのが嫌いでして。自分は台湾の血が入っているんで、そういった問題でも両方の気持ちが分かるんですよね。
最終話の締めのところでドレッドヘアーの兄ちゃんが「DNAの塩基配列の系統樹をたどっていくとアフリカの一女性にたどり着くというからな」と言ってるんですけど、この言葉には、目先の気に入らないことに文句言うのはバカバカしいことで、もっと俯瞰して見てくれよという気持ちを込めているんです。
―― 先ほどの同族の話に関係するわけですね。
林 作品を描くに当たって読んだ『アフリカで生まれた人類が日本人になるまで』という本に、人類はアフリカの1カ所から始まったということが書かれているんです。つまり、自分の国や民族だけが特別だという考え方自体がナンセンスなわけで。
そうやってどんどん俯瞰していくと、作中にもでてきた「我々はどこから来たか 我々は何者か 我々はどこへゆくのか」というゴーギャンの言葉に行きつくのだと思います。芸術家というのは、ものを作っているときにそういう考えに至ることがあるんでしょうね。そういう壮大な話と、ラーメン屋の跡継ぎ問題って全然関係ないんだけど、一緒くたにできたら面白いだろうなと思ってチャレンジした作品でもあります。
―― 一見すると赤星、烈土、茉莉絵の3人を中心に話を展開させつつも、林先生の思惑はそれよりももっと大きな枠としてあったわけですね。
林 感想メールの中には「すごく壮大で、すごく小さくて、ものすごく熱くて、切ないお話でした」という相反する言葉を並べたものを送ってきてくださった方もいました。
―― 物語の本質を突いた素晴らしい感想ですね。帯にしてもよさそうなぐらいに。では最後となりますが、この記事は単行本発売日の掲載となりますので、発売を心待ちにしていた読者の方々にメッセージをお願いします。
林 単行本化は読者の皆さんがいたからこそ実現したことなので、大変感謝しています。新作はいまのところ時間がなくて描けないので気長に待っていただけたらと思います。
―― 本日はどうもありがとうございました。
林 ありがとうございました。ラーメン、大変おいしかったです。
©林明輝/講談社
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