ゲイアートの巨匠は“一般誌”で何を伝えるか:『弟の夫』田亀源五郎インタビュー(2/2 ページ)
『さぶ』『Badi』といったゲイの専門誌での連載や、海外ではゲイアートの個展を開くなどしてその名を知られる田亀源五郎さん。5月25日に第1巻が発売された『弟の夫』の魅力を中心に田亀さんに迫る。
「え?」っと思わせるシャワーシーン
―― 弟の夫であるマイクはカナダ人ですけど、国籍をカナダにしたのには何か理由があるんですか?
田亀 それはすごくシンプルで、「国レベルで同性婚が合法であること」「わたしの身近にその国の人がいること」「何か調べる際に英語で文献が見つかること」という3つの条件を満たしたのがカナダだったんです(編注:カナダは、2005年に制定された「市民結婚法」によって異性、同性の区別なく結婚できるようになった)。
―― 一般誌ということもあって「弟の夫」では描写をセーブしている部分も多々あるかと思いますが、マイクのシャワーシーンは田亀作品の魅力を感じるワンシーンでした。
田亀 あれは、何というか、漫画でよくあるヒロインのシャワーシーンのようなもの。それをゲイ向けにやるとこうなるんだよというのを描いて、読んでいる人に「えっ?」って思って欲しかったんです。あれで「えっ?」って思うこと自体が極めて男性社会的なことなんだよというのを自覚してくれたら面白いかなと。
―― シャワーシーンは女性だけの特権じゃないってことですね。
田亀 あとは、いままでずっと読んできてくれたファンの方へのおまけという意味もあります。行きすぎないギリギリのラインで描きました。
―― 田亀さんの描く男性キャラクターは、肉体美と言うか、古代ローマの彫刻のような体付きをしていて、ストレートの人でもその絵柄に魅かれる人が多いと思います。
田亀 単純に自分がいいなと思うものを描いているんですけどね(笑)。わたしの場合は割と趣味がアカデミックというか、もともと家にあった画集だったりを見て育ってきたのでそういう絵になっているのかと。
―― 作中では弥一がゲイを正しく理解できておらず、葛藤するシーンが描かれています。読者にも作品を通してゲイについて知ってもらいたいといった意図はあるのでしょうか。
田亀 そうですね、あまり大上段に構えているわけではないですけど。経験から言ってストレートの方と親しくなったときに、生まれて初めてゲイを見たというようなことをおっしゃる方がとても多いんです。そうなると、分からないがゆえの誤解もある。漫画のキャラでもいいから、まずゲイの知人を作ってもらい、誤解を解くきっかけになればという気持ちで描いています。
―― 夏菜ちゃんにとっては、マイクがゲイであることよりも、外国人であることの方がインパクトがあるような描き方をされていますよね。
田亀 夏菜はトリックスターというか、引っかきまわし役なんです。大人の目から見た社会と、子どもの目から見た社会って違って見えるでしょう? 先入観のない子どもの目線を入れることで、われわれ大人が学ばされることがあるというのを描いているんです。
―― 「弟の夫」は凝った描写も見どころだと思います。意識して描かれているのでしょうか。
田亀 そうですね、毎回2、3カ所は絵で魅せるシーンを入れたいなと思って描いています。自分でもそういう工夫をした方が描いてて楽しいので。
でも、果たして読者がどの程度までわたしの意図したことを読み取ってくれるのだろうかという不安があって、説明が多くなりがちなんです。
これまでの経験だと、自分がこれでOKだろうと思っていると、編集さんから「ちょっと分かりにくいから説明を足した方がいいんじゃない?」と言われることが多かったんです。これは、漫画に限らずデザインやイラストレーションでもそうで、それが今回は逆なんですよね。
まあでも、いくら説明しても、それが100%伝わるということがないというのが前提なので、ストーリーラインだけでも分かってくれればいいかなという感じです。
厳しい家庭だったが、手塚治虫だけは読むことを許された
―― ところで、田亀さんがこれまでに影響を受けた漫画家はいますか?
田亀 いっぱいいます。一番大きいのは手塚治虫さんですね。親が厳しくて漫画NGの家庭だったんですが、手塚治虫だけはOKだったのでいろいろ読みました。なぜかそういう厳しい家庭でも、手塚作品だけは大丈夫と思われているんですよね。本当はいろいろと過激な作品も多いんだけど(笑)。
―― ちなみに何を読んでましたか?
田亀 特に好きだったのは、『どろろ』ですね。
―― 田亀さんらしいチョイスというか、すごく納得のいくタイトルです(笑)。
田亀 あとは1970年代末〜1980年初頭に、「エロ劇画ルネッサンス」や「ニューウェーブ」といった漫画の潮流が起こったんですけど、その2つの流れが合わさった作品にものすごく熱中しました。ひさうちみちおさん、宮西計三さん、近藤ようこさんなどの作品をよく読んでいて、自分でも描いてみたいと思ったのが、漫画家を目指す動機にもなっていると思います。
―― 過去には小説も書かれていましたよね。
田亀 昔はゲイ雑誌にあまり長い漫画は載せられなくて、描きやすいストーリーのものは漫画で、もう少し複雑な内容のものは小説で書くようにしていました。漫画の連載ができるようになってくると、小説と漫画の違いがなくなってきて、小説を書くことがだんだんと少なくなっていきましたね。
その後、知人とゲイ雑誌を創刊したんですが、創刊時は作家の数が圧倒的に足りなかったので、自分でも漫画やイラストのほかに、小説もまた毎号書くようになったり。
当時、わたしは自分の漫画に幾つかのルールを設けていまして、そのひとつに「モノローグを使わない」っていうのがあったんです。その反動もあったのか小説は1人称で、モノローグや心情を書くことも多かったですね。
BLはゲイでも気楽に読める
―― 近年、BLものが女性を中心に人気ですが、田亀さんから見てBLはどういった印象ですか?
田亀 わたしはBL黎明(れいめい)以前の、耽美、やおいのころからそういった作品に触れていまして、高校時代に初めて描いた漫画は『JUNE(ジュネ)』(編注:男性同性愛を描いた女性向け作品が中心の雑誌)に投稿しています。初めて載ったのもJUNEでしたし、女性向けの男性同性愛ジャンルというのは商業では知ってはいます。
いまのBLの違いというところでお話すると、耽美のころは、美しくなくてはいけないという鉄則があったので、それが逆に一種のゲイ差別的な文脈に繋がっていった印象があります。一例を挙げると、「JUNE」のキャッチコピー「いま、危険な愛に目覚めて」。男性同性愛ものを“危険な愛”って表現しているんですけど、当事者側としては「うーん」って感じでした。そういうわけで、昔のBLの元祖といったものはもちろん面白いものや良いものもある反面、どうしても無自覚な差別というものがあった気がします。
それがBLになって、あっけらかんと少女漫画の延長みたいな感じで男の子同士の恋愛、セックスが描かれるようになって、そうするといま言ったような“危険な愛”というような言葉も出てこなくなったので、気楽に楽しめるようになったと思います。
―― そういえば、2011年ごろにペンネームが親ばれするといった事件がありましたよね。
田亀 ありました(笑)。海外に行くとき親にメールするんですけど、その時のアドレスにペンネームが入ってまして、それをGoogleで検索したらしいんです。ゲイであることは伝えてあったんですが、作品はあなたたち向けじゃないから見ない方がいいよと言ってあります。でも、今回の作品は一般誌で、しかも雑誌の表紙絵も描かせていただいているので「読んでみてよ」って言ったら、買って読んでくれたみたいです。そしたら電話で母親に「あんたこれ巨匠って書いてあるわよ! あたし巨匠の母になったの?」とか言われちゃって(笑)。
―― 巨匠の母ってインパクトすごいですね(笑)。さて、第1巻が発売された「弟の夫」ですが、今後の展開については、すでに考えていますか?
田亀 最後こうしたいというのは決まっているので、その間をどう繋ぐかですね。自分としては、この作品を通じて描きたい要素があるので、それをどこまで消化できるかです。理想を言えば、描きたい要素を盛り込めて、想定しているエンディングにたどり着けて、かつ水増し感がない分量でまとめられたら最高です。
―― 最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
田亀 いままで読んでいただいているファンの方たちに対してはまったく毛色が違う内容なので、期待していたものと違ったらごめんなさいねということと、やりたくてやったお仕事なので、今後も楽しみにしていてください。
―― 田亀さんの一般誌での新たな挑戦、応援しています。本日はありがとうございました。
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