コナン・ドイルによる不朽の名作「シャーロック・ホームズ」シリーズ。その全60作品(長編4、短編56)をWeb上で無料公開しているサイト「コンプリート・シャーロック・ホームズ」がTwitter上で話題になっています。同シリーズの日本における著作権は既に失効しているため、英語である原作から直接翻訳すれば、著作権上の問題なく掲載することが可能です。しかし全作品を翻訳するとなると、それは並大抵の作業ではありません。
ねとらぼではサイト管理者であるITエンジニアの寺本あきらさんに取材しました。約26カ月に及んだという過酷な翻訳作業。誰に頼まれるでもなく、粛々と膨大な分量を翻訳した動機は何だったのか。「シャーロック・ホームズ」への熱い思いをたっぷり語っていただきました。
「コンプリート・シャーロック・ホームズ」管理人インタビュー
翻訳に使った2年間は「懲役」と呼んでいた
――「コンプリート・シャーロック・ホームズ」はこれまで定期的にネット上で話題になってきた印象があります。そもそもなぜサイトを立ち上げようと思ったのでしょうか。
寺本 きっかけは、忘れもしません、10年以上前、「The Complete Sherlock Holmes」という英語サイトをみつけたことです。全作品と挿絵が網羅されたサイトでチェコのサイトだったと記憶しています。これを見て、日本人として「負けた」と感じました。全作品があるだけではなく、当時のサイトとして完成度が高く、美しかったのです。ソフトウェアの仕事をしている関係で、なにもかも海外製品に負けている状況に閉塞感があったのでしょう。こんなすごいサイトを作るバイタリティーは日本にないんじゃないか、と失望感を味わいつつも、毎日読んで楽しんでいました。
そして時間がたつにつれ、これに翻訳という手間を加えた「コンプリート・シャーロック・ホームズ」を作れば、このサイトに勝てる。日本人も打ち負かされてばかりではないところを見せたいという、意地のようなものが湧いてきました。そのため最初は全訳ではなく、「対訳」であることに重きを置いていました。先に公開したのは現在も運営中の姉妹サイト「原文で読むシャーロック・ホームズ」の方で、公開は2007年の秋頃だったと思います。
――全てお一人で翻訳されたということですか? 全作品となると、かなりの分量ですよね。
寺本 一人でやりましたね。長編4作品、短編56作品ですが、当時は長編と短編を合わせて「100話」と計算していました。あとどれくらいで終わるのか、イメージしたかったからです。フルタイムでITエンジニアの仕事があり、その合間の時間を使って、対訳に26カ月かかりましたので、ひと月あたり短編4本のペースでした。
できるたびにサイトにアップしていたのですが「本当に全部できるのか?」とウォッチしていた方もいたようで、どこかの掲示板で「アレ、とうとう終わったね」という書き込みを見たのを覚えてます。翻訳しているときは、全部終わったらどれほど達成感があるだろうと想像していたのですが、まったくなんの感慨も湧かず。ただ「明日翻訳する分がない」という事実があっただけでした。
完訳前のひと月くらいは、頭が疲労してしまって完全に手が止まってしまうこともあったので、限界を超えていたのかもしれません。後から達成感がわいてくるということもなく、個人的にはこの翻訳に使った2年間を「懲役」と呼んでいました。
使える時間は全て翻訳に使ったので、ムショ暮らし、空白の2年、というのが振り返っての感想です。昔の出来事を思い出すときに、あれは「懲役」前だったっけな? という感じで、自分の中で大きな区切りになってます。
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