天下のスタンフォード大学が、こんな粗末な冊子を作るなら
寺本 まず「ストランド・マガジン」は、シャーロック・ホームズ短編の初出誌で、ファンの中では有名な月刊誌です。創刊は1891年1月で、7月号に「ボヘミアの醜聞」が掲載され、ホームズの成功、ひいてはコナン・ドイルの出世作となります。この雑誌の特色は「ほぼ全ページイラスト入り」という点で、シャーロック・ホームズ作品にも豊富なイラストがついていました。
ストランド・マガジンは「見る」雑誌で、マンガの絵と文字の比率を逆転させたような誌面構成になっています。一度これを楽しむと、ほかの誌面で見るホームズはいまひとつだなあ、という英語読者も少なからず存在します。誌面をそっくりそのままコピーした「シャーロック・ホームズ ファクシミリ版」という書籍は現在でも根強い人気で、この版は1891年以来、一度も絶版になったことがないというとんでもない存在なのです。
その日本語版を自ら作ろうと思い立ったきっかけは、スタンフォード大学が発行していた「ファクシミリ版」を目にしたことでした。スタンフォードは「ホームズ研究」で有名で、2006年には全12号の「ファクシミリ版」ホームズをアメリカ国内に限り、安価で配布していました。
月に一度ストランド誌の青表紙が郵便で送られてくるなんて、スタンフォード大学が面白い遊びをやっているなあ、と興味を持ったので、あちこち探し、カリフォルニア・サンマテオ在住の人に送られた12冊を入手しました。しかし、苦労をして入手した現物を見てひっくり返りました。チリ紙を厚くしたようなざらざらの紙に、にじんだフォント、表紙の青も紙の色でなくインク塗りで、乱丁だらけという粗末なものだったんです。
オリジナルのストランド誌はおろか、コミケ無料誌の足元にも及びません。時々ポストに放り込まれている不動産物件のチラシのよう、と言えばイメージがわくでしょうか。ところが、最終号の1ページ目を見て目を疑いました。発行部数が1万3000部もあったのです。
これを見て、英語読者の「ストランド青表紙」に対する執着に感心すると同時に、天下のスタンフォード大学がこんな粗末な冊子を発行し、それを1万3000人のアメリカ人読者が喜んで読んでいることに複雑な気分になりました。日本人ならこんな落丁だらけの本、銃を突きつけられたって作らないのに! あそこはこうして、ここはこうやって、アメリカ人がのけぞるようなものを作ってやる! これが第一の動機です。
――なんだかサイト立ち上げ時と流れが似ている気が(笑)。
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