第2巻が出たばかりで、「月刊!スピリッツ」で絶賛連載中の『映像研には手を出すな!』がアニメ好きにはたまらないマンガだと俺の中で話題です。俺の中以外でも「このマンガがすごい!」で月間第3位にランクインするなど着実に評価を得ているようですが、一般的な評価は置いといて、まずこのマンガは自分に語りかけてきてるんだとひしひしと感じる。そんな作品です。
気がつくと設定画を描き出す主人公
あらすじを説明すると、女子高生たちによる「青春アニメ制作部活マンガ」ということになります。要は「SHIROBAKO」1話冒頭でドーナツ食べてる宮森たちですね。学生による部活内での映像制作なので、「SHIROBAKO」のようなプロのリアルな制作風景は描かれません。しかし彼女たちが作ろうとするアニメの手触りは、リアルに、ありありと伝わってくる。そんなちょっとふしぎなマンガに仕上がってます。
主人公はアニメの設定画を書くのが大好きな、高校1年生の女の子・浅草みどり。インスピレーションが湧いてくると、とりあえず建物や乗り物の設定画を高速で描きはじめます。作中で幼少時の浅草氏が「未来少年コナン」に感銘を受けていたことが明かされますが、そんなエピソードも納得のメカの数々が登場します。
物語は彼女たちの入学直後からスタート。コミュ障な浅草氏は友人の金森さやかに付き添ってもらい、共にアニメ研究部への入部を試みます。が、部活説明会の最中に謎の黒服に追われる同級生・水崎ツバメに遭遇します。アニメが大好きなのに、家族に反対されてアニメ研に入部ができないという水崎氏の事情を知り、3人は「(アニメ研への)入部がダメなら部を設立すればいい」という超理論で、作品のタイトルにもなっている「映像研」の設立を思い立ちます。
なぜ「手を出すな!」なのか
そもそも「手を出すな!」とは、なんだか物騒なタイトルです。なぜ映像研に手を出してはいけないのでしょうか。
映像研のアンタッチャブルさを示すエピソードはたくさん出てきます。設立当初、映像研はアニメ研と活動内容がバッティングするため、当初は実写作品を制作しているふりをして活動をスタート。教師にアニメを作っていたことがバレると、「アニメ文化の研究が主たる活動であるべきアニ研が何故アニメ制作までしてるんです」と、むしろアニメ研ではなく映像研にこそアニメ制作を行う正当性があると詭弁を展開。最悪PTAや教育委員会に掛け合うことをチラつかせ、教師を脅してしまったりと、目的のためには手段を選ばない一面を印象付けます。しかし、映像研に手を出してはならない本当の理由は他にあります。
映像研メンバーの性格はわりとバラバラです。自由奔放で、冒険気分でロケハンを楽しむ浅草氏。お金もうけが大好きで、浅草氏に恩を売っては牛乳をおごってもらう金森氏。両親が役者だった影響で、絵で演技をするアニメーションに魅了されている水崎氏。一見共通点の少ない3人組ですが、そんな彼女らの個性を強固に結び付けるのが、「アニメ」なのです。
1話目でそれを象徴するシーンがあります。初めて3人が集まり、一緒にアニメを作ってみようと相談を始める場面。言い出しっぺの金森氏に言われるがまま、浅草氏の「設定画」と水崎氏の「キャラクター」の絵を組み合わせてみると、それまでは個々の素材に過ぎなかった絵が、一気に「アニメ」っぽい見た目に変貌します。2人の画力を組み合わせれば本当にアニメが作れてしまうのでは? 半信半疑で絵やアイデアを出し合っていく中で、浅草氏たちの高揚感に合わせて、マンガ自体の表現の変化も目立ってきます。
宮崎駿メカを思わせる「汎用有人飛行ポッド」のデザインを相談するシーンを読んでいて、いつの間にか3人が軍服に着替えていることに気付きます。「この辺にライト付けたほうがいんじゃないの」「その位置だとエンジンのスペース圧迫しますな」。メカニックのように、実際のメカに乗り込みデザインを検討する3人。どこからが現実で、どこからが空想なのか、境界がどんどん曖昧になっていきます。
次第に浅草氏たちは元いた室内ではなく、アニメの世界に。飛行ポッドに乗り込み、飛び立ちます。ビル群をすり抜け、さらに高く、地球を俯瞰するくらいの高度へ。浅草氏の脳内にしか存在しなかった「私の考えた最強の世界」が3人、そして読者に「アニメのイメージ」として共有されるのです。
完成したアニメを観ろ!
同様のシーンはコミックス1巻のラスト、完成した短編アニメを「予算審議委員会」で発表するシーンでもさく裂します。
予算審議委員会とは生徒会が主導する、各部活動への予算配分を決定する大切な会。部ごとにプレゼンが行われ、その評価に応じて予算配分が決まります。生徒会の目は非常に厳しく、学内では「生徒会には手を出すな」と恐れられているほど。
そんな生徒会なので、映像研に対する追及も容赦がありません。アニメ研と活動内容が被っている点や、過去に活動を認めさせるため教師を無理やり言いくるめた点などに事細かに言及。「映像研は公共の敵(パブリックエネミー)」であるとまで言い放ち、口が達者な金森氏もさすがに防戦気味に。ですが、ついに言いくるめられそうになったそのとき、コミュ障で人前で喋るのが苦手な浅草氏が口を開きます。
「細工は流々! 仕上げを御覧じろ! だろ!」。肝心な場面でコミュ障っぷりが出てしまい、一読しただけでは理解が難しいセリフを放つ浅草氏。しかし目は大マジ。どうやら「やり方に注文つけるな。完成品を観ろ」と言っているらしいと理解した生徒会は、やれやれとばかりに完成したアニメの上映を許可します。
アニメでは、「風の谷のナウシカ」のメーヴェのような機体からさっそうと飛び降りる女子高生。戦車を軽快なジャンプで飛び越え、身につけていた刀で一閃。戦車が真っ二つに。
アニメが上映されると、生徒会をはじめとする学生たち全員がいつの間にかアニメの世界へと没入。映像研が作り出した世界は、部をつぶす前提で挑んできた生徒会の心をも動かしてしまいます。
奔放なアイデアで、設定や絵コンテを構築していく「監督タイプ」の浅草氏。お金やスケジュールの管理能力が抜群で、バラバラな個性を取りまとめる「プロデューサータイプ」の金森氏。アニメーションで演技をすることこそ自分の存在意義であると確信している「アニメータータイプ」の水崎氏。3人の個性を組み合わせれば、最強のアニメができる。そんな3人の邪魔をしてはいけない。いや3人のアニメがもっと見たい。そう思わされることこそ、映像研に手を出してはいけない最大の理由なのだと感じます。
そんな絵的な快楽を豊かな画力とストーリーで魅せてくれる、続刊での展開も楽しみなマンガです。
(c)大童澄瞳/小学館
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