「(憧れの)アムロ・レイに一歩近づいた」 レッドブル・エアレース年間王者・室屋義秀が語った栄光と挫折
決して順調なパイロット人生ではなかった。満足な練習環境ではなかった。それでも彼は世界一のパイロットになった。
レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ2017でアジア人初の総合チャンピオンとなった室屋義秀選手が10月19日、渋谷で会見に応じ、レース挑戦から総合優勝を果たすまでの道のりを語りました。また単独インタビューではパイロットを目指すきっかけとなった「機動戦士ガンダム」のアムロ・レイについて「一歩近づいた」と、笑顔を見せてくれました。
最高時速370キロ、最大重力加速度10Gの中、世界最高の飛行技術を競うレッドブル・エアレースは“空のF1”とも称される競技。全長4キロのコースに配置された高さ25メートルのエアゲート(障害物)の間を飛行するタイムアタックです。
室屋選手率いるチームファルケンは今季、全8戦中4勝で総合優勝に輝きました。しかし、その道のりは決して平たんなものではありませんでした。
幼少期に見た「機動戦士ガンダム」の主人公、アムロ・レイに憧れてパイロットを志した室屋選手。単身渡米するなどしてライセンスを取得後訓練を積み、1997年にはエアロバティックス初の競技会に参加。パイロットとして本格的な人生を歩みだしますが、その後飛行機の購入資金を巡って多額の負債を背負います。
当時日本では航空競技に対する理解が少なく、スポンサーの獲得も難航。絶望的な状況の室屋選手を救ったのは当時人気テレビ番組だった「マネーの虎」に出演していた生活創庫の堀之内元社長でした。
番組を知った室屋選手から電話で直談判を受けたという堀之内社長はVTR出演で当時を振り返り、「土壌の無いところで飛行機をやりたい。曲技飛行をやりたいという若者がいるのなら、その夢をどうにか実現させる方法はないだろうかと考えた」といい、「『虎は死して皮を留め、人は死して名を残す』ということわざの通り、『日本で曲技飛行や飛行機を広めたのは、その道筋を作ったのは室屋さんだ』と言ってもらえるよう100年先、200年先に名前を残してほしい」という思いで支援を決めました。
その後室屋選手は2007年にレッドブル・アスリートの仲間入りを果たし、2008年にはレッドブル・エアレースのスーパーライセンスを取得。2009年にアジア人として初めてレッドブル・エアレースに挑戦しますが、2011年から2013年はエアレース自体が休止となるなど厳しい状況が続きます。
当時について室屋選手は「2011年はチームの体制も整っておらず精神的にもつらい年だった。そんな折、ホームであり自分も在住している福島県が津波の被害と原発事故の被害を受けてしまい、『もう飛行機には乗れないかもしれない』と思った」と吐露。普段決して弱音を吐かない室屋選手もこのときは苦しかったと明かしました。
それでも“サムライパイロット”室屋選手はへこたれません。地元、福島県、スポンサーの協力を得て練習やレースへの挑戦を再開し、2016年には自国開催となった千葉大会で初優勝。日本のメディアにも大きく取り上げられました。さらに2017年は千葉大会を含む4大会を制し、ワールドチャンピオンに上り詰めたのです。エアレース初参戦から8年、6シーズン目の快挙でした。
室屋選手はワールドチャンピオンになった実感について「まだうまく話せない」と話しつつ、自身の教官を務めた故ランディー・ガニエ氏について「ヨシは世界チャンピオンになれるよ、と言ってくださったこと、その言葉の力を信じてここまでこれた」と語り、またワールドチャンピオンになれたのは「チームのおかげ。勝利はチーム全体で味わいたい」と続けました。
今後については自身がパイロットとなってからずっと掲げている「操縦技術世界一」を目指していくとして、来季でのV2は目標ではあるものの「操縦技術世界一」の通過点であるという強い気持ちも見せました。なお既に来季に向けてチームが動き出していることを明かしました。
またホームとして活動し、練習などの協力も得ている福島県については「優勝したからといって福島への思いが変わることはない。皆さんからの支援や声援の成果がこのトロフィーになったと思っている。自分がこれまでいただいたご恩を福島県、そして子どもたちに返していきたい」と話しました。
さらに室屋選手は自身が航空に関する仕事を得ることに苦労した経験から「子どもだちが将来航空に関する道に進みやすくできるような産業を作っていきたい」と「ビジョン2025」についても説明。代表を務める法人・パスファインダーを中心に、「将来はレッドブル・エアレース福島大会を開催したい」と熱い思いを語りました。
室屋選手「最終戦はガンダムのニュータイプのような感覚」
会見後、会場に駆け付けた多くの報道陣から祝福を受けた室屋選手は、質疑応答に対応した他、ねとらぼ編集部の単独インタビューにも応じてくれました。
――室屋選手の活躍により、ネットでは子どもたちからも「室屋選手かっこいい!」という声が多数聞かれました。今後は試合観戦に行く子どもたちも増えるのではないかと思うのですが、初めてエアレースを観戦する際にどんなところに注目してほしいですか。
室屋選手:予備知識がなくても実際に見てもらえれば楽しめるというのがレッドブル・エアレースの良いところですので、まずはとにかく会場に来てほしいですね。ただどんな選手がいるのか、どんなルールがあってどんなペナルティーがあるのかが分かると、ずっとずっとエキサイティングに楽しんでもらえると思います。
――室屋選手といえば、機動戦士ガンダムのアムロ・レイにあこがれてパイロットになったという逸話がよく知られています。今シーズンの活躍を振り返り、ご自身はアムロに近づけたと思いますか。
室屋選手:ガンダムのお話の中には“ニュータイプ”と呼ばれる特殊能力のような力が出てきます。今回の最終戦ではいわゆる“ゾーン”のようなものに入ったことがしっかりと自分自身でも感じ取れましたし、100%以上の力を引き出せたことが、1分3秒というタイムを生み出したのではないかと思います。スポーツ全般にいえることかもしれませんが、人間の持つ能力をフルに引き出せること、つまり人間の五感を超えたその先の極限に向かって行けたことは“ニュータイプ”、ひいてはアムロ・レイに一歩近づけたのではないかと思います。
――アスリートの方は食事にも気を使うとよく聞きますが、室屋選手にとっての勝負めしはありますか。
室屋選手:決勝だから、試合だからと特別なことをしないように心掛けているのでありません。基本的にはホテルの朝食をいただくことにしていますが、消化時間を計算しながら、どんなものがエネルギーになるのか、タンパク質を取れるものはどれなのかを考えて摂るようにしています。食事=楽しい、というよりは自分が必要とするエネルギーを補給するものという側面が大きいです。
――室屋選手はクールな表情や操縦かんを両手で握るスタイルから“サムライパイロット”の異名もお持ちですが、試合前に緊張したりしないのでしょうか。
室屋選手:テレビで観戦してくださっている方などは「(室屋選手は)何でもない顔をして飛んでいるな」と思っていらっしゃるのではないかと思うのですが、実はギリギリの精神状態でフライトしています。ただフライトの前に何かすれば緊張しないというものでもありませんし、筋トレと同様で何度も同じ経験を繰り返すことにより、慣れることがやはり重要です。そのなかで自分にあったメンタルトレーニングを複数組み合わせて、極限状態でも冷静にフライトできるように心掛けています。
――最終戦となったインディアナポリス大会では、予選は暑かったものの、決勝ではかなり気温が下がっていました。気温がレースを左右するということはあるのでしょうか。
室屋選手:僕らのチームは空気抵抗が低くなるように機体を調整しているので、インディー決勝のように気温が低いと空気抵抗密度があがって有利に働きます。気温はレースをかなり左右します。
――本日の会見では同期のマット・ホール選手と、試合前に無線でジョークを交わしてリラックスできたというエピソードもありました。シーズンオフでも選手間の交流はあるのでしょうか。
室屋選手:基本的にはどの選手も多忙なのですが、僕がヨーロッパに行った際などには、海外選手のお宅に泊めてもらうこともあります。とはいえ、やはりライバル同士なので試合に関する話になると、お互いぼかしたりします。
――最後に、今年1年を通じて室屋選手がレッドブル・エアレースに与えた影響についてはどう思われますか。
室屋選手:僕らチームはとにかくフライトして順位を取るだけなので、影響自体はそんなに感じませんが、昨年と今年2大会連続で自国優勝が果たせたことにより、エアレースの大会を知ってもらえるきっかけが作れたかなと感じます。またおじいちゃん、おばあちゃん世代からも「おめでとう」と声をかけてもらえるようになったのはうれしく思いました。
室屋選手の活躍により、Twitterでは一時「室屋選手」がトレンド入りするなどじわじわと知名度を上げているレッドブル・エアレース。しかし国内ではまだまだ浸透していないというのが現状です。1人でも多くの人がエアレースに興味をもち、エールを送ることが室屋選手V2への力になると筆者は信じています。
日本を含むワールドツアーでは、レース以外にもパルクールやBMXのショー、参加者体験型のアトラクション、充実した屋台など、1日中楽しめるような催しが開催されていますので、ぜひ会場でしか体感できないエンジン音、風を切る音、歓声を現地で感じてほしいと思います。
(Kikka)
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