ゲーセンで燃やした青春があった。ゲーセンで育った恋があった。格ゲーが盛り上がっていた90年代を舞台に、少年少女の成長を描くジュブナイル「ハイスコアガール」(原作/アニメ)は、当時を経験していた人も、そうではないゲーム好きも、そしてかつて子どもだった全ての大人が、共感できる悩みをたくさん練り込んだ作品です。
2人でいたいから
遊園地に行くことになった、大野とハルオとクラスメイトたち。はみ出し者だと感じている2人がみんなと和気あいあいできるわけもなく、そそくさとゲームコーナーに逃げ込みます。
と言ってもしょせんは遊園地のゲームコーナー。ストIIは置いているものの、あとはひと世代前のゲームばかり。大野がやりたいと言ったのは、近所の駄菓子屋にも置いてあった、散々やり尽くしたはずの「ファイナルファイト」でした。
アニメ1話で、雨宿りのついでに大野が「ファイナルファイト」でハイスコアに挑むシーンがあります。彼女のプレイに、協力のつもりで割り込んだのがハルオ。実際は足手まといでしたが。
誰かと同じ方向を向いて進む、という初めての経験でした。今まで家のしきたりが厳しすぎて、秀才故に孤高の存在になってしまった大野。彼女が魅了されたゲームの世界を、全力で楽しむハルオ。孤独だった大野に、好きなことを全力で楽しんで、息抜きしてもよいのだ、と自らの姿勢で指し示したのは彼です。
大野はまるで記憶を反すうするかのように、ハルオと「ファイナルファイト」を全クリします(なお「ファイナルファイト」はこの後にも出てくるくらいの重要ゲームです)。
みんなが帰った後、2人で遊園地をめぐります。ジェットコースターに乗り、ミラーハウスに入り。大野は遊園地が嫌いなわけじゃない。アトラクションが一回400円。地元でストIIを8回やった方がマシと言いつつ、なんだかんだで一緒に乗るハルオ。怖いのが苦手なのに一緒に乗りたがる大野。
ハルオ「大野…はしゃいでいるな…表にはあまり出さねーけどなんとなく伝わってくるぜ」
帰りのバスの中、ハルオの肩に寄りかかった大野。好きだからとか甘えたいからというよりも、安心しているように見えます。
お前の気持ちはそれだけか!?
大野の気持ちを察することのできる男、自然体で優しくできる男、ハルオ。客観的に見ると、かなり人間のできた子です。彼が大野のことを思いやれるのは、かわいそうだからではなく、リスペクトしているからです。
ハルオ「アイツの腕を認めざるを得なくて…尊敬した…心意気にほれぼれした…初めて同志ができたと胸も踊った」
しかし大野はロスに移住。離れ離れになってしまう。
彼にとっての大野は、友達とかを超越した、魂の戦友みたいなもの。もっともそのスパイスとして「恋愛」があるかどうかは、今の彼にはわかっていません。いくら大野の心を思いやれても、自分の心を見ることはできていない。
彼の背中を押したのは、友人でも友達でもなく、ガイル少佐でした。
「好きなキャラ」が自分と一体化する経験って、ゲーマーなら一度はあると思う。「こんなとき○○はどう考えるだろう」とか。格ゲーは特に、持ちキャラの使用時間が長い上に集中もするため、シンクロ率が高い。キャラに思い入れないよという人でも、ゲームの構造は身にしみつくもの。時間制限とか、音楽とか、ハイスコアとか。悩んだときや辛いときに、ふとそれらの記憶が蘇ってきがち(例・焦っている際にマリオの時間切れ警告音が頭に響く)。
ガイル「あの子との戦いはまだ終わっていない お前の戦いが 俺の新たなる力となるだろう」
この心のガイルのセリフは、ゲーム内の勝ちゼリフの改変。元は「お前との闘いが、俺の新たなる力となるだろう」。ハルオは今までのガイルとの日々を、自然と今の自分の境遇に置き換えているようです。
彼は今までやってきたゲームを全てかみ砕き、自分の身体に吸収し、血肉としています。彼の感情が動いたとき、愛してきたゲーム全てが自分を鼓舞してくれます。心のガイルや安駄婆は、ざっくりいえば自問自答の具象化。ハルオの中に、初めて自分を見つめる意識が芽生えた瞬間です。
自分の気持ちに気づいて空港まで追いかけ、大野に別れを告げる。ハルオが彼女に渡したのは、オカルティックなゲーセン「がしゃどくろ」で手に入れたうさんくさい指輪。
最高のプレゼントすぎるよ。2人で一緒にいた、2人しか知らない時間が、思い出せるグッズだもの。辛かった気持ちを抱えつつゲームに没頭し、小学生時代を生き抜いた、2人の結晶です。
大野が初めて、感情の全てをぶちまけた。口を開いて声を出すのも、この場面だけ。彼女が本当の意味で心を開けるのは、ハルオしかいない。飛行機の中での、彼女の指に注目しよう。
この漫画は、大野の慟哭のあとにハルオがしんみりせず、次の彼女との戦いのことを想像するから、イカス。ゲームで出会い、ゲームで通じあえたのだから、ゲームで未来を見つめるしかないんだよ。
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