ゲーセンで燃やした青春があった。ゲーセンで育った恋があった。格ゲーが盛り上がっていた90年代を舞台に、少年少女の成長を描くジュブナイル「ハイスコアガール」(原作/アニメ)は、当時を経験していた人も、そうではないゲーム好きも、そしてかつて子どもだった全ての大人が、共感できる悩みをたくさん練り込んだ作品です。
修学旅行編二回目。大野とハルオ、因縁の「ストII」で対決なるか?
ハルオ、はじめての遠征
修学旅行で奈良の東大寺見学の真っ最中、抜け出して大阪梅田(電車で一時間くらい)に繰り出す矢口春雄。目的は「スーパーストリートファイターIIX」大阪大会出場。規模としてはかなり大きな大会のようです。
彼がわざわざこの大会に来たのには、理由がありました。
「……これを乗り越え……優勝すれば……俺の中の何かが変わるのかもしれない……」
今まで勉強も運動もサボり、ゲームに浸ってきたハルオ。コンプレックスはもちろんあります。彼の自信のなさを埋めていたのがゲームなのだから、ゲームで優勝できれば、見える世界があるのではないか。彼なりの自分探しです。
しかしまさか、ここに大野晶が来ているとはハルオも思わなんだ。つまり今までずっとできなかった大野との対決を、大舞台で行うことができるかもしれない。
偶然に見えますが、考えてみたら大野も家庭の息苦しさゆえにゲームをしていた少女。悶々とする苦しい日々の中、ゲームをより所にしていたのはハルオと同じです、似たような思考で修学旅行を抜け出すのは、必然だったんでしょう。修学旅行みたいなイベント、嫌いそうですしね。
戦いの舞台へ
ストIIでの試合は、小学時代に初めてゲーセンで出会った一回のみ。大野とは正々堂々ストIIで戦って勝ちたい、と願い続けてきたハルオ。もちろんバトルは、ハルオガイルVS大野ザンギエフ。
火蓋が切られた2人の戦い、ハルオガイルは今までと違い、きっちり正攻法でザンギエフに対抗。小学生時代の待ちガイル+投げハメガイルから見たら大進歩。
結果としてはハルオが勝ちましたが、後にザンギエフ側のパンチボタンが全部死んでいたことが判明。
パンチが使えないのはどのキャラでもきつすぎますが、ザンギエフの場合致命的どころじゃない。一応キックでも一回転キックの投げ技アトミックスープレックスが使えますが、この技間合いが狭い。スクリューパイルドライバー(一回転パンチ)は、間合いが広く地上戦の要になる技。大野はギリギリの間合いからで吸いこむのを得意としていたので、この時点で牙が折られたようなもの。
加えてパンチ同時押しのダブルラリアットは、飛び道具を抜けつつ攻撃する欠かせない技(一応キック同時押しの、足元無敵のクイックダブルラリアットもありますが、対空にならない)。飛び道具を消しつつ近づいたり、相手の体力を削る際欠かせないバニシングフラットも使えない。
作中には出てこないけど、しゃがみ小Pの連打がきく地獄突きや、気絶値の高いヘッドバット、ジャンプ中に出せる攻撃範囲の広いフライングボディプレスも使えない。
そして当然、スーパーコンボのファイナルアトミックバスターも使えない。
全部を知っているであろうハルオからしたら、こんなの試合でもなんでもなかった。ばかにされてたのか? と感じるのも無理はない。
彼の目には涙が浮かびます。この感情、今のハルオには理解ができていない。今まで感じたことがないくらいの、大野に対しての抑えることのできない激情でした。
大野とハルオ、河原での本気の殴り合い
ハンデを背負って戦うなんてどういうことだ、と憤って追いかけてくるハルオ。彼がやりたかったのは、大野に勝つことじゃなくて、大野と本気でぶつかりあうことでした。こんなのうれしくない、全力でゲームに打ち込んでいたお前はどこへいったんだよ、やっぱりなめられてるのか?
大野はハルオの顔面に、裏拳を食らわせました。小学校の初対面の時以来です。でもハルオはしゃべりを辞めません。
「ストIIダッシュからターボ……スーパーと今まで鍛錬を積み重ねてきたのは……いつか帰ってくるであろうお前と互角に戦うためだったんだ」「大野……ッ お お前が帰ってくる事をどれだけ楽しみにしてたか……」
大野は今まで通り、一言も言葉を発しません。執拗に絡んでくるハルオのことを、血が出るほど殴り続けます。それでも叫ぶハルオの言葉は、小学校時代に別れて以降の、彼の苦しみの吐露でした。
実はハルオ、取っ組み合ってはいるものの大野のことを一回も殴っていません。彼が肉体的に大野を攻めたのは、ほっぺたをつねったくらい。
ハルオは彼女を傷つけたいんじゃなくて、思いを伝えたかっただけです。今までの思い、大野への複雑な感情、ゲームの同志としての執念。彼の言葉はほとんど愛の告白。真っすぐな感情の体当たり。言えないことの多い大野にとって、ハルオの言葉は一つ一つ全てが、全身にきくパンチのようなものです。
大野は自分の感情を口に出さない。だから暴力が出ました。彼女だってずっと限界でした。でもこの苦しみをどう伝えればいいか分からない。そりゃ殴ってて楽しいわけじゃない(後で悪びれているし)。彼女なりの苦しみの表現です。彼女がここまで思いを爆発させられるのは、人生でハルオしかいないのです。
「とことんやってやらぁ」
ハルオは、自分も言いたいこと言わせてもらう、大野の感情も全部ぶつけてこい、正直になってかかってこいよ、という気持ちで何もかも受け止めるつもりで殴られていたのかもしれない。
ギャグのように出てくる、ハルオは頑丈というネタですが、実際心も身体も頑丈だから、彼はどうしようもない大野の苦しみを受け止めながら成長し続けています。
2人、通じあえて
小学校の時にハルオがプレゼントした指輪を、大野がネックレスにしている。2人のセリフが入らない名シーン。
ハルオが苦しんでいたのは「かけがえのない仲間だと思っていた大野が、自分のことなんか眼中になくなってしまったんじゃないか」と感じていたから。だから対戦拒否された時も、なめプに感じた今回も、涙を流してしまいました。でも「がしゃどくろ」の指輪を大事に持っている時点で、もう何も言うことないよ、向こうだって大切に思ってくれているんじゃん。
それは大野も同じ。気持ちが伝われば、もう暴れる必要はなにもない。
2人で銭湯にいって、修学旅行の宿に帰る。ガラガラな電車の中で、大野とハルオはぴったり寄り添って座っている。しかも汚れてしまったので、仕方なくもペアルック。大野、まんざらでもない様子。謝るに謝れないもどかしさ。
ハルオがここまで来ても、大野のことを「女」だと意識しないのは、正直驚異的。クラスメイトの女子と銭湯に行くってドキドキしないの?! ペアルックで恥ずかしくなったりしないの!? そこ最強レベルのラブコメポイントだぞ!?
でもハルオが大野に抱く感情は、そんな簡単なものではない。相手の強さへの執念はそうそう解放されない。もっとも周囲の友人から見たら、大野とハルオの関係はなかば丸分かり(小春とハルオもね)だけど、分かってないのはハルオだけ。
その執念こそが、恋だというのに気付くのは、もうちょっと後の話。おそらくそんな一本気なハルオだからこそ、大野も小春も惹かれるんだろうなあ。
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