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フィクションが現実になるとき――漫画『将棋指す獣』に見る“女性棋士”という存在(2/4 ページ)

全ては、最初の一人から。

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 ヒロインの光は、16歳で奨励会三段に昇段している。実際の将棋界の女性はどうか――。

 女流最強の里見香奈は21歳で三段に昇段したが、年齢制限によって夢を絶たれた。西山朋佳は20歳で三段になり、23歳の現在も女流初の棋士四段に挑戦中だ。女性トップの強さは年々上がり続け、少しずつではあるがフィクションの世界の女性たちに近づいている。

 『将棋指す獣』のヒロイン・光は理由あって奨励会を途中退会し、22歳の物語スタート時点から三段リーグ再編入ルートでのプロ棋士を目指す。今までこの設定はあるようでなかった。



 私は「ヒロイン・弾塚光の魅力にやられた。『将棋指す獣』は僕が書きたかった新しい将棋物語だ!」とのコメントを本書に寄せた。『将棋指す獣』は「新しい将棋物語」の言葉通り、設定だけではなく作風も既存作とは違っていたからだ。

 市丸いろはの作画は流行の最先端を行くものではないが、そのことでかえって勝負の凄みやリアリティを伝えることに成功している。古さと新しさが同居しているのがこの作品の魅力であろう。


『将棋指す獣』の天才描写

 小説にせよ漫画にせよ、競技モノにリアリティと凄みを与えるのは天才描写である。

 『将棋指す獣』1巻で弾塚光の将棋は「ケダモノ」「友達を失くす手」「恐ろしい将棋」「元奨励会三段」などと表現されている。また、光の才能は強者として登場した対局相手の男性に勝っていくことでも示されている。

 私の琴線に触れたのはそれらとは別のところだ。

 第2話で光はバイト中に将棋のモバイル中継が気になり、トイレにこもって対局に見入ってしまう。 一心不乱になって考え込み、無我夢中でトイレットペーパーやトイレの壁に局面を書き出していく。



 ヒロイン本人が将棋を指さない回ではあったが、もっとも私の印象に残った。漫画的絵面としても最高である。

 ただ私の中でひとつだけ引っかかるところがあった。

 ――ある程度将棋を指せる人が、実際に図面を書きながら考えたりするものだろうか?

 たとえば将棋には「詰将棋を解く」という練習方法がある。詰将棋を解くのに途中図を書いたり、盤上で動かしてみたりするのは邪道とされる。実際の対局では全て頭の中で考えなければならないからだ。だから『将棋指す獣』のこのシーンは将棋描写として正しくないのではないか――と思った。

 しかし、すぐに「待てよ……」と思いとどまる。私は元奨で、人生において長い時間将棋と向き合ってきたが、天才ではなかった。凡人の前提で天才を測ってはならないのではないか。弾塚光は私とは全く違う尺度で世界を見ているのではないか――。

 光は次々と頭の中に湧き上がる局面を外の世界に吐き出さずにはいられない。天才ゆえの衝動なのだ。癖なのだ。こういう種類の天才なのだ。



 トイレでの一幕は漫画家としての左藤・市丸の力量を存分に示したシーンと言えるだろう。

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