癒やされたい。肯定されたい。「世話やきキツネの仙狐さん」(原作/アニメ)は、ブラック企業に勤める男性が、神使の狐に何もかも全て癒やされていく、人間全肯定アニメ。優しい空間が覆いかぶさってくる、ある意味現代日本を象徴するような作品です。
「社畜が死ぬ前に見る夢」みたいなアニメ
正直をいうと、このアニメ見るの怖かった。
だって考えてくださいよ。アニメってことはどこかで終わるじゃないですか。
「世話やきキツネの仙狐さん」は、頑張る大人の何もかも受け入れてくれる、疲れた身体を投げ出せる羽毛布団のような作品です。「聖母たちのララバイ」に匹敵するレベルの甘やかしです。
そんなん……一度味わったら、最初からロスが怖くて仕方ない。どこかで目を覚まさないといけないと考えるのがひたすらつらい。原作マンガは単行本読むたびにそんな気分でした。これは「見る抗うつ剤」という表現に並べて「見る安眠布団」であり「見るアルコール」なのではないか。仙狐さん依存症になりそうで怖い。むしろ1話終わる度に「でもぼくのそばには仙狐さんがいない」と悲しくて泣きそう。
と、わかっているからこそ見る。癒やされよう、まずは享受しよう、その後考えよう
ブラック感が強すぎる企業で働く男性・中野。毎日が疲労困憊。終電で背中に背負うどんよりした空気。人生を楽しめている感はありません。何のために生きているのか。もうぼろぼろ。彼が家に帰ると、知らない幼女の姿が。狐耳に、もふもふしっぽ。「おかえりなのじゃ! 遅くまでお仕事お疲れさまじゃ」
幻覚を見たのかと混乱していると、彼女は言う。名前は仙狐(せんこ)。800年の時を生きる神使の狐。「ボロボロのおぬしの姿が見ておれぬから 世話をしに来たのじゃ!!」
掃除、洗濯、料理のみならず、膝枕、耳かき、頭なでなでと至れり尽くせり。耳かきは迷走神経が刺激されるので気持ちよくなるそうですよ。
ニコニコ動画のコメントにあった「社畜が死ぬ前に見る夢」という表現があまりにも的確。むしろこのまま死んでもいい感すらあります。
狐娘、ロリババア、バブみ
原作はネットにおける、成人の欲する要素がこれでもかと詰め込まれた作品です。まず狐娘。ケモミミ娘の場合、猫やウサギなども確かに人気があるのですが、狐には大きな武器があります。しっぽです。
主人公の中野はどうももふもふフェチらしく、(普段わがままは言わないけれども)彼女のしっぽに顔をうずめることだけは欲望としてオープンにしています。仙狐の狐のしっぽは、包容力の象徴そのもの。
次にのじゃロリ(口調が古臭い少女キャラクター)でありロリババア(見た目は幼いが実際はかなり年齢を重ねている女性キャラクター)であること。
以前カップうどんのCMで、星野源の元に吉岡里帆が扮する狐娘が現れ、当時「うらやましすぎる」と世間をわかせたものです。だがしかし仙狐さんは、どこから見ても子ども。幼女。どっちが「好み」かは人によると思いますが、仙狐さんに対しては「女性」という視線が、少なくとも中野からはいかないのがポイント。
相手は神様のような存在。であれば人間ごときが考える見返りなんて、まったくお話にならない。どれだけ善行を積んでも足りない。だから「甘えるがよい」と言われたら、甘えていい。
遠慮しがちな日本の社畜社会において、なんて頼もしい言葉か。「年下に見える少女が、成人に対して母性を働かせる様子」を、ネットスラングで「バブみ」と表現することがあります。仙狐さんの場合は年齢が年齢なので、合法的バブみです。甘やかされるための準備は、あまりにも完璧。
叱咤激励じゃなくて、肯定されたい
中野の勤める会社は公式で「ブラック企業」と書かれています。ただ「まだまだこんなものではないのでは?」という社会人も多いと思うのです。ブラック自慢大会をしても仕方ないけれども、彼は家に帰ってきて「癒やされる」精神状態なだけ、マシかもしれない。仙狐さんはこのあたり、800歳なだけあってよくわかっています。中野は本当に大変だ。苦労を重ねている。けれども仙狐さんは別に会社を責めない。
「おぬしは働きものじゃの」「偉いのうおぬしは」「無理はするでないぞ」
つらいよね、頑張っているよね、えらい。
そう、それを言ってほしかった! 「頑張れ」とかじゃなく、今頑張っていることを肯定されたかった!! このあたり、言葉選びが非常に繊細な作品です。
(たまごまご)
試し読み:第1尾
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