逃げることは負けること?
来場者から寄せられたたくさんの質問の中に「嫌なことがあった時にどうやって主張をすればいいか分からない」というものがありました。留学中に出会った年上のルームメイトの説教や嫌味がつらく、2カ月ほどで負けてその部屋から逃げ出してしまったそう。モヤモヤは感じるけれど、どうわがままを言えばいいか分からないという人は結構多い気がします。
宇野「ヨーロッパの人たちにとっては要求することが当たり前です。まさに『わがまま社会』なわけです。しかし、彼らは必ずしも自分の主張が通らないと許せないというわけではなく、とりあえず言ってみよう、というテンションなんですよね。日本人はついつい我慢しちゃいますよね」
富永「この方、私は負けてないと思いますよ。ピリオドを決めて切り替えて、もっといい居場所を見つけたわけですから。声をあげることはコストがかかるわけなので、代替手段として”離脱”を選ぶことは合理的な選択のひとつだと思います。次にたどり着いた先で、過去の経験や反省を踏まえて『わがまま』を言えば、離脱の経験だって無駄にならないのでは」
「俺たちの若い頃を見てるようだ」は幻想
「年長者として、若者にどうふるまえばいいか分からない」という相談には、富永さんから「彼らに自己投影をしてはいけないと思う」という意見があがります。この数十年間で求人倍率や失業率などの社会背景が大きく変化しているため、「俺の若い頃はこうだった」という過去の常識が当てはまるわけではないからです。若い人が一見無知や幼稚に見える意見を言っていたとしても、そこにはそれなりの背景があるかもしれません。
若者にだけでなく、すべての他者に対して「自分とは全く異なるバックグラウンドをもつ人」だという認識を持ち、誠実に向き合う必要があると富永さんは続けます。例えば2015年頃に活動していた「SEALDs」という学生活動団体に対して声援を送る年長者は多かったけれど、その中には過去の社会運動と重ね合わせ、自己投影する声もあったのではないかと指摘します。若い人には若い人の意味世界があり、表面的に似た社会運動に見えても実際は異なります。自分の経験や期待を若い人に押し付けない。関わりたいのであれば、裏方に徹して彼らをサポートすること。それが世代間のすれ違いや過度な介入を避けてより良く共存していく術だと話しました。
あの子のわがままは私を不幸にする?
質問の中には「みんなでわがままを言おうなんて絵に描いたもちの話をされているような気がする」という厳しいものも。「私のわがままは聞いてほしいが、他人のわがままをかなえることで自分の生活が不自由になるのでは? という不安がある」と率直な意見がぶつけられました。
富永「社会が”限られたパイの奪い合い”であるというのは、ごく一側面でしかないんです。ひとりがわがままを言うことで、みんながより幸福になることもたくさんある」
宇野「意見が同質的になるほど、政治的に物事を決める枠がどんどん狭くなってしまいますからね。わがままがあると、そちらに目を向けざるを得なくなり、結果としてパイ自体が増えることも」
富永「女性にハイヒール着用を強制する勤務規定にNOを唱える#KuToo運動がありますが、このわがままは、一見女性だけを対象とした活動に見えますが、ひいては男性の革靴とかスーツといった服装の不自由を問うものでもある。声を上げたからといって、誰かを不自由にするものではありません」
宇野さんはフランスの哲学者ヴォルテールの発言を用いて、目指すべき対話像を語ります。
宇野「あいちトリエンナーレの件でも他者の意見や表現を否定するような動きがありますが、『お前の言うことには全く賛成できないけれど、お前が意見を言う権利があることは認める』といったように、意見の異なる他者の存在をまず認めることが大事です。誰かが気に食わないことを言っていると、つい自分の何かを損なわれたと感じてしまいがちですが、その勘違いがすべての議論を難しくしているのではないでしょうか」
SMAPの「世界に一つだけの花」の歌詞に象徴されているように、社会の多様化・個人化が進んだことで、「モデルとなる人間」を設定することが非常に難しくなっている――と宇野さんは続けます。多様化の結果、みんなに共通する問題を設定することも非常に困難となり、1つの施策で全員が幸せになるという政治はもはや実現しえません。苦しい状況は必ずしも自分のせいではなく、「もはやモデルを設定することに無理がある」とわがままを言っていくことも民主主義。わがままを言う一方で、自分と異なるわがままの存在が出てくることも認める。そんな社会を作っていくことの大切さが語られたイベントでした。
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