働く人が企業に未払い賃金を請求できる期間は現在2年ですが、厚生労働省はこれを3年に延長する検討に入ったという報道に波紋が広がりました。20年4月施行の改正民法では原則5年になるのに対し、企業の負担に配慮して「まず3年」にするという、その理由のためです。Twitterでは弁護士らから批判の声が相次ぎ、一時「未払い賃金の請求期間」がトレンドに入りました。
日本経済新聞の10月21日付報道によると、未払い賃金を請求できる時効期間は現在、労働基準法が定める2年ですが、2017年5月に成立・20年4月に施行される改正民法では、賃金に関する債権の時効を1年から原則5年に延長。労基法のほうが民法より短くなる事態になるため、厚労省は検討会を設けて議論してきましたが、結論が出ておらず、同省は「3年」に延長する方向で検討。厚労相の諮問機関である労働政策審議会で19年度中にも結論をまとめたいとのことです。
この報道によると、将来は5年への延長を視野に入れつつ、経営側の反対もあり、「企業経営の負担が過大にならないよう」、まずは3年への延長で制度改正を目指すとのことです。
この報道が伝わると、Twitterでは「賃金を払わない企業が悪いのに、企業に配慮して労働者側の権利を制限するとは」といった批判が広がりました。
そもそもこれはどんな問題なのでしょうか。これまでの経緯をまとめました。
民法は1年→5年、労基法は2年→?
民法では一般債権について原則として消滅時効を10年(167条)としていますが、月給については1年の短期時効を定めています(174条)。これに対し、1947年制定の労働基準法では、労働者の権利保護と企業負担をそれぞれ勘案し、民法より長い2年と規定(115条)しています(退職手当は5年)。労基法は強行法ですから、民法の規定を上回る効力があります。
2020年4月施行の改正民法では、合理性がなくなっていた短期時効を廃止。その上で、債権の時効について、(1)「権利を行使することができる時から10年間」という従来の規定(客観的起算点)に加え、(2)「権利を行使できることを知った時から5年」(主観的起算点)を新設。どちらか早いほうの到来で時効ということになりました(労働調査会の資料より)。
一般的な債権では「権利を行使することができる時」と「権利を行使できることを知った時」は通常は同一時点だと考えられるとして、改正民法では「事実上、債権の時効は5年に短縮される」という意見があります。ただ、現行の労基法の解釈・運用は客観的起算点だとされています。
企業側は「負担は甚大」と主張
民法の改正を受けて、厚生労働省は検討会を2017年に発足。時効を2年とした労基法の規定を見直すべきか、見直すならどうすべきか──などを労働者側、企業側の意見を聞くなどして議論してきました。
検討会で、労働者側の弁護士は「労基法の規定を削除し、改正後の民法の規定(5年の時効)を適用すべき」と主張。理由として、「請負契約や労基法の適用を受けない家事使用人などは5年に延長されるのに、労基法適用の労働者だけが短いままというのは合理的理由がない」「労働条件の最低基準を定める労基法が民法の基準より低いというのは、労基法の基本的性格を変質させる」と述べました(日本経団連作成の資料)。また、「労基法に違反した使用者に消滅時効による賃金支払い義務の消滅という利益を付与する合理性は見当たらない」という意見もあったとのことです(厚労省の資料)。
一方、企業側の弁護士は「労基法の規定を変更する必要はない」と時効を2年のままとすべきだと主張。「時効期間が延長されれば、法定の記録のほかに、将来の紛争に備えて業務の指揮命令に関する膨大な記録も長期保存を余儀なくされ、企業負担は甚大」などと述べています(日本経団連作成の資料)。日経新聞の報道では、「労務管理のシステム改修などに1社あたり数千万円かかる」というコスト負担に加え、残業時間の上限規制が中小企業に適用されることもあり、負担増に反発したとのことです。
「2年のまま維持する合理性は乏しい」と厚労省検討会
こうした議論と検討を経て検討会が7月に公表した論点整理では、(1)時効を2年のまま維持する合理性は乏しく、労働者の権利を拡充する方向で一定の見直しが必要──という方向性を打ち出しました。
その上で、「労働者側と企業側の意見に隔たりが大きい現状」も踏まえ、「仮に消滅時効期間を見直す場合の企業における影響やコストについても留意」しながら具体的な時効期間を引き続き検討する必要がある──とし、施行期日なども含めて速やかに労働政策審議会で議論すべきだとしています。
日経新聞の報道では、企業側に配慮してまず3年に延長、その上で5年への延長を視野に入れるということのようですが、「労働者を守るための労基法の規定が民法の規定より劣るのはおかしい」という批判は免れないでしょう。今後の議論を働く者として、有権者として注視したいものです。
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