制作期間10余年、数十人規模の制作チーム、かつて膨大な手作業により指紋が消失する者もいた。――― これは巨大な建造物ではなく、“辞書”という1冊の本の話です。2019年9月、大型国語辞書『大辞林』(三省堂)から、13年ぶりの全面改訂となる第4版が刊行。本記事は、映画「舟を編む」の制作にも関わった編集長・山本康一さんへのインタビュー企画・第4回となります。
今回は「マンガ編集者はマンガを読むはず。では、辞書編集者は辞書を“読む”のか」「改訂に13年かかった理由」など素朴な疑問を中心に伺いました。ちなみに、刊行が2019年9月になったのには、大型国語辞典ならではの事情があったようです。
辞書を読破した人にしか分からない「“シ”のトウゲ」
――― マンガの編集者はマンガを読むはず。素朴な疑問なのですが、辞書の編集者も辞書を“読む”のでしょうか?
編集長:辞書というのは必要があって“引く”ものです。ですが、作る過程では頭から“読む”こともありますね。最終的に紙面として確認するときとか。
ながさわ:普段から眺めたりとかはしないんですか?
編集長:いや、さすがに(笑)。普段は必要なところを引くだけですよ。
――― ながさわさんは?
ながさわ:このあいだ、『三省堂現代新国語辞典』を読破しました。2、3カ月かかりましたね。
※「唯一の“高校教科書密着型辞書”」と銘打つ『三省堂現代新国語辞典』第6版は約1600ページで7万7500語収録
――― 失礼ですが、それって楽しいんですか……?
ながさわ:小説のように1字1字追っていくわけではないですよ。気になるところを拾い読みして、全ページ目を通したというだけ。「この言葉、前の版にはなかったなあ」みたいな情報が何となく頭に入っていると楽しめるものなんです。
編集長:昔からいるんですよね、辞書が好きな人って。『大辞林』を初版から読んでいて、気付いたことをハガキで送ってくれる方とか。
――― マンガなどを“第1巻”から読んでいるファンはよくいますけど、“第1版”とは……!
ながさわ:テキストの量だけ考えたら、辞書って読めないものではないんです。ざっくり計算してみたところ、『三省堂現代新国語辞典』は450万字くらいで、小説『カラマーゾフの兄弟』の邦訳が150万字くらい。
――― 『カラマーゾフ』3周分も相当なものですけど、読書好きな人だったら、まあ。
編集長:でも、小説は筋がありますから。50音順にひたすら並んでいる言葉を読んでいくというのは、なかなか……。
ながさわ:「あ」「い」「う」と進んでいって、「し」まで来ると「やっと真ん中か」と思いますね(※)。
※辞書を読んだときの“あるある”ネタ(たぶん)。50音順で考えると「し」は早いうちに出てくるが、辞書では語数の関係で中盤に来る。
編集長:「“シ”のトウゲを越える」なんて言いますね。
「シ」の登り始めはまだいいんですが、「シャ」「シュ」「ショ」がツラい。和語がなく、漢語、外来語だらけで。
――― 「辞書を全部読む」という荒行を経験した人にしか分からない話だ……
編集長:次に来るのは「“ファ”のトウゲ」でしょうか。
ながさわ:あそこも外来語ばかりだから(笑)
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