ゲーセンで燃やした青春があった。ゲーセンで育った恋があった。格ゲーが盛り上がっていた90年代を舞台に、少年少女の成長を描くジュブナイル「ハイスコアガール」(原作/アニメ)。ゲームを愛した2人の少女と1人の少年の、エモーショナルな恋の物語。
18話で矢口春雄(ハルオ)を引き止め無理やり一晩明かした日高小春。19話で自宅にハルオを引っ張り込み一晩明かした大野晶。これでイーブン。最後の一戦が始まる。
AKUMA
小春を無言でゲーセンに連れてきた大野。これは「対戦したい」という気持ちの表明。小春もすぐに呼応し「大野さんと真剣勝負がしたい!」と訴えます。
選んだのは「スーパーストリートファイターIIX」。
真剣勝負というのが、今回の2人の試合においての超重要ポイントになります。
格ゲーはそれぞれに、強みになる技があります。一方的に削ることができるとか、ガードさせても有利だとか、ループ性があるとか、無敵だとか、ガードポイントがあるとか。それをひたすら押し付けると、大体の場合相手に嫌われます。正々堂々とした戦いではないと言われます。プレイとしては美しくない。正直みっともないことすらある。
しかし「勝つ」ためなら、それは悪とは言えなくなります。ブーイングを受けようがなんだろうが、それで相手を圧倒したらゲームとしては勝ちです。
今回の試合、恋とプライドと意地をかけたものです。小春はハルオを手に入れるため、なにがなんでも勝ちたい。
彼女は根が優しいのでフェアプレイを続けていた子でした。かつて「ヴァンパイアハンター」で、フォボスのコンフュージョナー(空中に相手を浮かせてガードできなくする技)からの即死コンボを使うのをためらっていましたが、対ハルオ戦でなにがなんでも勝ちたいという思いから、練習の末に解禁しました。
今回はハルオ以上の強敵。一度は「バーチャファイター2」でボコボコにされ、実力を知っています。本当に全てをかなぐり捨てて、抜身の真剣で勝負を挑むため、彼女は悪魔に心を売りました。
そのキャラクターの名前は豪鬼。海外ではAkumaと表記される、スパIIXの最強格キャラです。
悪夢の斬空波動拳
豪鬼が強いと言われるゆえんは数多くあるのですが、一つが空中から斜めに打ち下ろす斬空波動拳の存在。スパIIXには、空中ガードはありません。鈍足で飛び道具のないキャラにとっては、これだけで近づくことすら叶わず封殺される、非常にキツい技です。
もう一つ厄介なのが、阿修羅閃空。前後にワープ移動する技です。つまり斬空波動拳の雨の中をくぐり抜けて近づいたはいいものの阿修羅閃空で逃げられるという、手に負えない展開は割と起こりやすい。
加えて、多段ヒットする灼熱波動拳、攻撃力の高い豪昇龍拳もあるので、動いてもガードしても殺される。一方的にゴリゴリ削るストロングスタイルな戦い方はどのキャラにも使える上に、攻撃を食らって気絶しても一瞬で回復するという、めちゃくちゃなキャラです。いろいろなゲーセンのみならず、「闘劇」など大きな大会でも使用禁止になったことも。
でも小春は選びました。Akumaに魂を売りました。大野の持ちキャラのザンギエフに対してだと、ダイヤグラム数値は9:1。もちろんある程度精度は必要ですが、普通に戦ったらザンギエフ側は絶望的な組み合わせです。
心の隙
心を鬼にする戦法を学んできた小春ですが、彼女がゲームを愛せるようになったがゆえに、ここに隙が生まれます。
小春「唯一無二の趣味と言える格闘ゲームに対しうしろめたさを感じている…!?」「この攻防が…ゲーム愛に背を向ける行為なのでは…」
この一瞬の隙をついて、大野のザンギエフが逆転。一度近づいたら逃さない。背筋が凍るような固めと、スクリューパイルドライバーの吸い込みがはじまりました。
大野が豪鬼を逃さないために使った高速スクリューパイルドライバーの入力方法は「はじきスクリュー」と呼ばれており、一部の高レベルプレイヤーの間で実践されており、有名格ゲープレイヤーウメハラが解説していたこともあります。
やり方としては、親指で左に入れ、人差し指で下にはじく。バネの反動で一回転入力が完成する、というもの。最近の格ゲーでは、コマンド入力受付自体がゆるくなっているので、これを知らなくても普通に立ちスクリューできます。スパIIX時代だからこそ生まれ、恐れられていた、高等なテクニックの一つです。
もちろんこれが必須なわけでは決してないです。小春はこのテクニック自体知りませんでした。それよりも大野の技術を見たことで、彼女との圧倒的な差を感じてしまった、というのが大きい。
小春「この人本当にすごい…」「大野さんのこの強さが矢口くんへの想いの強さであれば…私の付け入る隙なんて…私の付け入る『好き』なんて…!」
ただ、彼女がこの大一番で気を抜いたのは、ゲームを愛する1人の人間としては、間違いではないんじゃないかとも感じられます。
豪鬼の強さに乗り切れず、「戦いはクリーンではない」と感じたのは、もともと彼女が持っていた立派なプレイスタイルです。ハルオのことが好きなのと同様に、彼女には彼女なりのゲーム愛があります。それに背いた時、純粋にゲームを愛しているハルオの前に正々堂々と立てるんだろうか。
ハルオにも、大野にも、それぞれのゲーム愛があり、勝負哲学があります。格ゲーで恋愛を左右するなんて大げさかもしれない。けれどもそこには、おのおのがゲームに向けてきた信念と努力、その結果育まれた性格そのものが詰まっています。対戦の中には会話よりもはるかに、理解しあえるものがあります。
小春は大野の気持ちを、この一戦で痛感しました。同時に、大野も小春の気持ちを感じていたはずです。
ハルオの原付きバイク
ハルオはと言うと、大野の姉の真に「己を磨け少年」と背中を押され、新たな一歩を踏み出すべく原付きの免許を取ることを決意しました。
少し前に渋谷で堕落していたハルオですが、基本的に彼は真面目。バイトもきっちりこなし、母親にお金を毎月渡す、しっかりした少年。お母さんも彼の努力を見て「勉強する息子はなんて美しいのでしょ」「息子が一歩前進するようで感心するわ」と大喜び。
友人の宮尾は、無意識に成長しようとしているのは「恋」の証だと深読み。彼はほんと毎回、ハルオのことを本人よりよく見ている。
この時点ではまだぼんやりとしか分かっていないハルオ。とはいえ自分が動こうとしている理由は、今までと違い気付き始めてはいるようです。
だからこそ、大野に久しぶりに会った時の、彼女の反応が絶妙に分からない。今までなら駆け付けてきてくれたら、素直じゃないながらも喜んでくれたはずなのに。漫画でもアニメでも、ここでの大野の表情の機微が非常に細かくて見事なので、何度も見直したい。ヒントは、小春戦での決着が描かれていないことと、ハルオとの決着がついていないこと。
次回、ハルオの気持ちが大きく動く、はず。
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