二月になりました。寒中も終りを告げ、2月4日の立春から暦上では春となりますが、平地や暖地でも積雪が多くなるのはむしろこれから。とはいえ、樹木の花芽も少しずつ大きくなり、近づく春の気配が感じられます。二月は旧暦の和風月名では「如月(きさらぎ)」として知られますが、新暦と旧暦の二月では季節的に時期が異なるため、「きさらぎ」という名称の本来の意味が感じ取りづらくなっているようです。
都市伝説にも登場?和風月名「きさらぎ」考
異界に存在する「きさらぎ駅」という、インターネット発祥の怖い都市伝説でも使用された「きさらぎ」という月名。語源には諸説があり定まっておらず、「鬼」という当て字もあったりと、何だかちょっとミステリアスで不穏な雰囲気もあります。
「新暦(グレゴリオ暦)が採用されるまで、日本では十二の月を風情のある名前で呼んでいた」と、歳時記で説明される和風月名でいうと、二月に当たるのは如月(きさらぎ)です。
と言っても、旧暦(太陽太陰暦)の二月は現在の暦では、二月の下旬から四月の中旬ごろのかなり春めいた「仲春」の時期で、春分は必ず旧暦二月の間に訪れます。
「如月」という漢字は、中国の語釈辞典『爾雅(じが)』の「二月為如(二月を如と為す)」が典拠です。五月の「皐月(さつき)」も同様で、月により使用頻度に差異はありますが、江戸時代以前には『爾雅』を典拠とした月名(たとえば陬月、余月など)が月の異名として使用されていました。十二の月とセット扱いになっている和風月名に、「和風」と言うにもかかわらずどうして漢籍を基にした如月と皐月が表記として残ったのかは謎であり、和風月名の不思議さでもあります。
ただ、如月を「きさらぎ」と訓(よ)み下すこと自体は、古い和語だとはいえるでしょう。江戸末期の類書『古今要覧稿(屋代弘賢編纂 天保十三年/1842年ごろ)』では、「きさらぎとは二月をいふ、いとふるき和訓なり」と、遠い時代に起源を持つ和語であるとしています。
そして「伎佐良藝月(きさらぎづき)」とは、「久佐伎波里月(くさはりづき)」=「草張り月」が変化したもので、この時期、草や木の芽が芽ぐむことから来ている、としています。比較的無理のない自然な解釈です。さらに諸説の一つとして、春を迎えて陽気が次第につのり、「気、更に来る」から「気更来」=きさらぎとの説も紹介しています。
「きさらぎ」の「さらぎ」を「更に来る」の意味と解釈するのは、もっとも一般的な語源説として知られる「衣更着」=「寒さがぶりかえし衣を更に着る月」と共通するものです。
はだかにはまだ衣更着(きさらぎ)のあらし哉
この松尾芭蕉の発句は「裸で過ごすには、まだまだ寒い二月の荒れた寒風であることよ」といった意味ですが、実はこの句、鎌倉時代の仏教説話集『撰集抄』に収められた「増賀上人之事」で、「名利(名声と利益)を捨てよ」と夢のお告げを受けた増賀上人がすぐさま衣服を脱ぎ捨てて裸になった、という逸話と、西行法師の「願はくは花の下にて春死なむ その如月(きさらぎ)の望月のころ」という有名歌の如月に「衣更着」を引っ掛けた、いわば謎かけ的な言葉遊びの句なのです。
きさらぎを「衣更着」とするのは、中世の室町時代成立(ただし刊行は江戸時代)の『下学集』に見られるもので、近世以降では歌川豊国の「十二月の内 衣更着梅見」の浮世絵などで使用例が見られるようになりました。
衣更着も気更来も無理がある?和語「きさ」の意味とは
イボキサゴ。色とりどりの小さな巻貝の表面にはぎざぎざ模様が
ただし、「気更来」にしても「衣更着」にしても、きさらぎを「いとふるき和訓」、つまり遠い昔から使われた和語、と考えるのは、こじつけの感があります。「気」を「き」と読むのは漢音であり、和語ではないからです。また、「仲春と言ってもまだまだ寒いわね、重ね着しちゃう」なんていう気の利いた反語的でオシャレな感性は、どう見ても縄文や弥生の古代人ではなく王朝文化以降の上流階級の発想ではないでしょうか。
古い和語に語源を求めるなら、「きさ」という言葉に注目すべきでしょう。「きさ」は「きざむ」「きざはし(階)」「きざし(萌し/兆し)」などの言葉の成り立ちに関わりがあり、漢字は「橒」または「象」が当てられます。漢音はショウ、呉音はゾウで、動物のゾウも呉音からそのまま日本語になっていますが、「橒」「象」を「きさ」と読むのは紛れもなく和訓です。
たとえば「キサゴ」という干潟で取れる小さな巻貝がありますが、その貝殻の階段状の形態や、貝殻のぎざぎざとした(ぎざぎざというオノマトペ自体が「きさ」と関係があります)模様から「きさご」「きさがい」という名がつきました。キサゴは、縄文人が採取常食してきた貝です。
また、秋田県の象潟(きさがた)、千葉県の木更津(きさらづ)などの地名は、波の侵食によりぎざぎざに入り組んだ海岸地形から来ているものです。
「きさ」とは「牙、差す」であり、牙や爪のようにとがった小さなものがいくつも飛び出てきている様子を表すのです。草や木の葉の芽、花の芽が萌え出る様を「きざす」というのはこのためです。旧暦の如月が木の芽時であり、その月名を古い和語に求めるならば、「葉や花の芽が萌す月」がきさらぎの語源とするのがもっとも可能性が高いでしょう。
早春二月。「かわいい猛禽」モズの「百の鳴きまね」が冴えはじめます
さて、木の葉が払われて見晴らしのいい二月は、野鳥観察には最適な季節です。ガンカモ類が多くてにぎやかな水辺も楽しいのですが、林や枯野、休耕中の水田などもなかなかにぎやかなものです。スズメの仲間でありながら小型の猛禽として知られるモズも、平地や暖地ではもとからの留鳥に加えて、寒冷地や高地から国内渡りをしてくる個体もあり、その姿を見かける頻度が高くなります。
モズ(百舌 鵙 Lanius bucephalus)はスズメ目モズ科に属する、体長20センチほどの小鳥です。オスには黒く太い過眼線があり、メスにはほとんどないこと、高鳴きなどの囀り(さえず)をするのがオスで、メスはほとんど鳴かないなど、性的二型はかなりはっきりしています。
体格はツグミやヒヨドリよりも小さいのですが、ずんぐりとした大きな頭部と、先端がかぎ状に曲がった強力なクチバシを有し、シジュウカラやスズメなどの小さな鳥は勿論、自分よりもずっと大きい獲物を襲い、強いクチバシと発達した首の筋肉で獲物を振り回し、絶命させてしまいます。
モズと言ってまず思い浮かぶ特徴は、早贄(はやにえ)と呼ばれる、主に秋ごろに捕らえた獲物(昆虫類や鳥、カエル、トカゲなど)を食べずにとがったカラタチなどの棘や折れてとがった枝、有刺鉄線などに串刺しにする習性です。縄張りアピールとか冬用の食糧貯蔵であるとか、食べるときに獲物を固定するためであるとか、カエルやバッタに含まれる毒を天日干しで消している、あるいは捕まえたもののあまり好きではない獲物だったので刺して食べ残した、などさまざまに言われていますが、昨年2019年5月に、モズのオスが二月ごろから繁殖期に入ったときに、メスにアピールする求愛の囀りのためのエネルギー源として消費される、という説が詳細なデータをもとに提唱されました。まだ餌の乏しい時期にいち早く食料を摂取して、すばやくディスプレイ行動に入るため、ということでしょうか。
二月ごろからモズは繁殖期に入り、オスの縄張りをメスが訪問するようになります。このとき、オスは黒い過眼線を見せ付けるダンスをしながら、かわいらしい声で求愛をします。そして地鳴きの合間のぐぜり(サブソング インタープレイ)で、ヒバリやホオジロ、ウグイスやメジロなどの鳴きまねを織り交ぜるのです。モズという名の語源はいくつか説はありますが、「モモ=百 サエズリ=囀り」が縮まったものだと考えられます。モズのオスは、たくみに他の鳥や獣の鳴き声をまねるために「百の舌を持つ鳥」と呼ばれるのです。繁殖期ではない季節にも、しばしばモズが枝に留まって他の鳥の鳴きまねをしていることがあり、その姿は何とものんきで楽しそうなのですが、どうもこれは求愛の時期に向けての練習(一人カラオケ)であるようです。モズ独特の愛らしい求愛ディスプレイ、もし出会えたらラッキーですね。
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めずらしく包丁じゃなかった。