劇中で佳山が演じる主人公の声の“か細さ”を聞き、「心配になってしまう」人も多いのではないだろうか。しかし、そのか細い声こそが劇中での「自分の気持ちを伝えたい」「自分の可能性を信じたい」と願うユマの切実な気持ちにもつながっており、彼女に対し過保護になってしまう母親の気持ちもより伝わってくるのだ。もしも脳性まひでない女優がこの声を演技でまねようとしてもできるものでもないし、そもそもまねしてはならないと思えるほどだった。
そして、物語の1/3は、監督が佳山に出会ったから生まれたものだった。もともとは主人公は幼少時の交通事故で脊髄損傷を負う設定だったが、演じている彼女に合わせて脳性まひに変わったのだという。このために、本作はフィクションの枠を超えて、まるでドキュメンタリーのような感覚さえ覚えるような内容にもなっている。
そんな佳山を(劇中の物語上においても)サポートしている俳優たちには、神野三鈴、大東駿介、萩原みのり、渋川清彦、宇野祥平、奥野瑛太など、実力派が勢ぞろいしている。特に出色なのは、障害者中心のサービスを行うデリヘル嬢を演じた渡辺真起子の“姉御肌”っぷりだろう。そのサバサバした性格と存在感により、「この人を信頼したい」と本気で思えるほどの過去最高の渡辺真起子だったので、彼女のファンも是が非でも見てほしい。
作り手が真摯に取り組んだからこその完成度
「37セカンズ」の物語は、監督がセックス・セラピストを描いた映画「セッションズ」の内容や、「障害者の男性向けの性サービスがあっても女性向けのものはほとんどない」と気付かされたことも着想元となっているそうだ。
さらに、監督は下半身不随でも自然分娩で赤ちゃんを産んだという女性にインタビューするなどして、障害者の事情を知り得ただけでなく、女性の身体がいかに素晴らしいかも再認識できたのだという。
監督(作り手)が物語を作る過程で、障害者が抱える性の問題を知り、そして障害者の可能性を知っていったことも、本作のドキュメンタリーのようなリアリティーに大きく貢献しているのは間違いない。
また、本編では“車椅子の高さからのカメラワーク”も意識的に用いられている。監督は、主人公の心と、女性としての成長をカメラ位置で表現することを重視し、観客は“彼女の目線”で“世界を見る”ことになるのである。
このように、障害者の性という普段は“(語弊はあるかもしれないが)隠されがち”なモチーフについて、作り手がこれ以上なく真摯に向き合っているのは間違いない。そして障害のある人に限らず、全ての人に通じる現実で前向きに生きるためのヒントを与えてくれる、何より“世界の広がり”を教えてくれる「37セカンズ」……ただただ「この映画を作ってくれて本当にありがとう」と感謝を告げたくなる、大傑作であった。
同日公開の映画「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」も見てほしい
「37セカンズ」と同様の提言がある映画に、なんと同作と同じ2月7日より公開されている「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」がある。
「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」の物語は、老人用の養護施設で暮らすダウン症の青年が、子どもの頃から憧れていたプロレスラーの養成学校に入ることを夢見て施設を脱走するところから始まる。同じころ、兄を亡くし孤独な毎日を送っていた漁師が、他人の獲物を盗んでいたのがバレてボートに乗って逃げ出す。この2人が偶然にして出会い、利害の一致により共に旅をするというものだ。
「37セカンズ」の脳性まひの女性も、「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」のダウン症の青年(こちらも演じているのは実際にダウン症の俳優)も、どちらも自分の可能性を過小評価されてしまっていたが、ある日冒険に旅立ち、誰かと出会い、そして自分のことを知って、成長していくという共通項がある。
この「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」は、当初米国ではわずか17館で上映が始まり、公開6週目には1490館にまで上映規模を拡大し大ヒットを記録。映画批評サイトのRotten Tomatoesで一時期は100%の評価を記録したほどだ。
あらすじを見ると異色作のようだが、凸凹コンビがいつしか心を通わせていくロードムービーおよびバディものでもあり、どこかアカデミー賞受賞作「グリーンブック」を思わせる。誰もが楽しめるキュートで優しい映画であり、スマッシュヒットも納得だ。
そして、「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」の鑑賞後には「自分もどこかに旅に出てみようかな」「新しいことにチャレンジしてみようかな」と、やはり「37セカンズ」と同じような前向きな気持ちになれるはずだ。
映画は娯楽であるが、こうして“生きる希望”も得られるのも素晴らしい。そんなことを再確認できるこの2作を、ぜひ劇場で楽しんでほしい。
(ヒナタカ)
「37セカンズ」作品情報
監督・脚本:HIKARI
出演: 佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、熊篠慶彦、萩原みのり、宇野祥平、芋生悠、渋川清彦、奥野瑛太、石橋静河、尾美としのり/板谷由夏
2019年/日本/115分/原題:37 Seconds/PG-12/配給:エレファントハウス、ラビットハウス/ (C)37 Seconds filmpartners
挿入歌:「N.E.O.」CHAI <Sony Music Entertainment (Japan) Inc.
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