商業BL作品の近刊から、筆者の独断で作品をピックアップしてレビューしていきます。今回はたなと先生の人気シリーズ最新刊など、名作シリーズの新展開に要注目です!
日野雄飛『君の銀のあし』(茜新社)
コミックスは4月、電子版は7月に配信された作品です。大きな喪失を経験し、埋まらない心の穴を紛らわせるように世界を旅していた主人公・寿々夢は、オランダで義足のパラスノーボーダー・トビアスに出会います。出会うなり口説いてきたトビアスに困惑しながらも、寿々夢はトビアスと交流を深めていきますが……。
ドラマティックな出会いが人生の積み重ねへ転じていく流れがすばらしくラブリーです。自分を支えてきたものを突然失った人が思わぬ出会いを経て再起していく過程には、優しいエネルギーが満ちています。パラスポーツを扱ったBLとしても貴重。
にやま『そんなに言うなら抱いてやる』(シュークリーム)
攻めキャラクターの単独表紙がめずらしい、攻めのギャップ萌えを楽しめる作品です。
会社で一番もっさりした冴えない社員・裏川は、退勤後に身だしなみを整えると、ゲイバーで最もモテる美形に変身し、ワンナイトラブを満喫する暮らしを送っています。しかし行きつけのゲイバーに、会社で一番モテる美形ナルシスト・表屋が現れたことで、快適なワンナイト生活は急変。正体を隠したまま表屋と関係を結ぶことになります。
いい大人が意地を張り合い、欲望に押し負けて態度を崩していく過程が非常にセクシーに描かれています。サブキャラクターとして登場するバーの店員たちや会社の同僚もみな魅力的。
吾妻香夜『親愛なるジーンへ』(心交社)
単行本は2020年6月、電子版は7月に発売されました。2019年版「このBLがやばい!」でコミックス部門1位を受賞した名作『ラムスプリンガの情景』のスピンオフ作品ですが、こちら単体でも読めるようになっています。
舞台は1973年のニューヨーク。ゲイの弁護士・トレヴァーは、ある偶然からボイラー室暮らしの青年・ジーンに出会います。ジーンは独自の信仰を守った閉鎖的コミュニティで暮らす「アーミッシュ」でしたが、自らの決意でコミュニティを出てからというもの、故郷を失ったような思いで暮らしていたのでした。トレヴァーはジーンをハウスキーパーとして自らの家に招き、2人は不思議な共同生活を始めることになります。
ゲイバーに踏み込み捜査を行った警察に客が立ち向かい、アメリカのLGBTQ運動史における大きな転機となった事件「ストーンウォールの反乱」直後、差別と権利運動に揺れる都市で展開される、濃厚な人間ドラマです。
前シリーズ
たなと『あちらこちらぼくら(の、あれからとそれから)』(集英社)
クラス内の「違うグループ」にいる2人の高校生・真嶋と園木がなんとなく仲良くなり、やがて親友となっていく過程を描いた『あちらこちらぼくら』(集英社)の続編です。こちらは大学進学後、「自分は真嶋が好きだった」と自覚した園木が真嶋に手紙で気持ちを伝えるシーンから始まります。
人が人との距離を詰めていき、関係性が変わっていく過程をていねいに描いた名作です。「友人」という名前であっさりまとめられてしまう人間関係の内側をじっくり拾う描写は唯一無二! 未読の方はぜひ前シリーズから読むことをお勧めします。
前シリーズ
紀伊カンナ『春風のエトランゼ』4(祥伝社)
アニメ映画版の公開を控えた人気作品『エトランゼ』シリーズの最新刊です。絶賛スランプ中の小説家・橋本駿と、駿の実家でともに暮らしているパートナー・実央を中心に、どうにもならなかったりどうにかなっちゃったりする人生の断片が描かれています。
前巻では8歳だった駿の血のつながらない弟・文が13歳になって反抗期を迎えていたり、前巻ではヒット作を飛ばしていた駿がしばらく仕事を休んで休養していたりと、作中には生々しい時間の流れがはっきりと存在しています。シリーズを続けて読み、この時の流れの面白みと苦みを感慨深く受け止めるのが同作の醍醐味であるように思います。
前シリーズ
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