12月11日(金)、週刊スピリッツで連載中のマンガ『チ。―地球の運動について―』(魚豊/小学館)の単行本第1巻が発売されました。このマンガは一言で言うと「地動説が天動説をひっくり返すまでの一大スペクタクル」といえるでしょう。本記事では、知っているとより楽しめる天文学の知識をご紹介。マンガの試し読みも掲載します。
天文好きがこのマンガを読んでみたら……
天文好きライターの私(てんもんたまご)も読んでみましたが、このマンガはとにかくスゴい!
いきなり拷問シーンで始まる血生臭さには、正直目を背けたくなってしまいましたが、ここで読むのを断念するのはもったいない。この血生臭さと汗臭さがあるからこそ、濃厚なヒューマンドラマと自然法則の美しさが引き立つのです。
科学の世界といえども、その歴史をたどればたびたび信念のぶつかり合いが起こっています。それぞれの信じるものを証明するために一生を懸けているのです。
アインシュタインいわく「私は何カ月でも考える。99回目までは答えは間違っている。100回目でようやく正しい結論にたどり着ける」「結果というものにたどりつけるのは偏執狂だけである」。そしてまた、こんな言葉も残しています。「神はサイコロを振らない」。これは量子力学を批判した言葉として有名ですね。
『チ。』に登場する謎多き天文学者・フベルトはこう言います、「私は美しくない宇宙に生きたくない」と。このせりふには震えましたね。この一言に天動説vs地動説の全てが詰まっている気さえします。
今となっては地動説は常識ですが、『チ。』の舞台である15世紀のヨーロッパはまだ正確な観測データが少なく、天動説の理論、地動説の理論ともに欠点を含んでいたため、「これが俺の考えた最強の宇宙だ!」という面が拭いきれなかった部分もあります。というより、そういった問題を払拭するために自分の生涯を研究にささげるのです。時には異端者として、命を懸けてでも……。
ところで、皆さんは天動説についてどれくらいご存じでしょうか? 「なんか教科書の片隅にそんなこと書いてあったような……」という方でも、このマンガは十分楽しむことができます。ですが断言しましょう。
「天動説の背景を知っておけば、このマンガを一層楽しめる!!」
というわけで今回は天動説についてゆるく語らせていただきます。
天動説とは?
天動説とは「全ての星は地球を中心に廻っている」という太陽系のモデルの1つ。この説の歴史は紀元前の古代ギリシャまでさかのぼります。
古代ギリシャのアナクシマンドロス(B.C.611-546)は月や太陽、他の惑星は地球を中心に円形に回転運動していると考えました。しかしこれでは説明できない現象があります。「惑星の逆行」です。
惑星は「惑(まど)う星」という文字通り、当時のモデルでは説明できない不可解な動きをします。例えば太陽は星座のなかで黄道と呼ばれる道筋を真っすぐ進みますが、火星は前に進んだり逆方向に戻ったりと「順行」「逆行」を繰り返すのです。
この逆行を理論づけるために天動説のモデルは時代とともに修正され、ほぼ完成させたのがプトレマイオス(A.D.70-147頃)です。プトレマイオスは、太陽以外の惑星は、さらに同周円を廻りながら地球の周りを廻っていると考えました。そして天動説は観測性能が上がるにつれて、生まれた矛盾をひたすら解決し複雑化していきます。
その結果できる月、太陽、惑星の軌道がこちら。
矛盾を補うための理論を重ねた結果、なんだかグチャグチャした図形になっていますね。『チ。』のフベルトはこの図形に対してこう問いかけます。
「この宇宙は、美しいか?」
天動説が支持されてきた理由
実はプトレマイオスより古い時代に、地動説を考えた学者もいました。その名は作中でもちらっと言及されるアリスタルコス(B.C.310頃-230頃)。しかし時代の流れから一般的には認められず、歴史の陰に忘れ去られてしまいました。
そして、プトレマイオスの考えた天動説のモデルは、結果として1500年以上支持され続けます。その理由は3つあるといえるでしょう。
<人間、地球が特別だという考え>
私たちの目から見れば、地球以外の全ての星は動いている“ように見える”ので、最初に考えるモデルが天動説はある意味で自然なことなのかもしれません。それに加えて「人間は特別な生き物→地球は特別な星→地球が宇宙を従えている」という哲学も古代ギリシャの頃から受け継がれていきました。
<キリスト教の支持>
天動説は13世紀頃からキリスト教公認の宇宙観でした。また15世紀〜17世紀は「キリスト教の敵=魔女」として魔女狩りも盛んになった時代。それだけキリスト教の影響力と権力は大きかったのです。ガリレオの宗教裁判も有名ですが、地動説の支持者は「異端者」として弾圧を受けたといわれています。
<当時の観測性能の限界>
まだ歴史が浅かった初期の地動説のモデルは、星の動きを天動説ほど正確に計算できませんでした。対して、修正に修正を重ねた天動説は、一応当時の観測結果では精密に星の運動を表すことができていました。
もちろん、今の観測性能であれば天動説の矛盾は見つけられます。望遠鏡の登場により、観測性能の低さが解消されていくのは17世紀以降のことです
では、そんな天動説をどうやって地動説がひっくり返していくか……。それは、『チ。ー地球の運動についてー』の今後の展開を楽しみに待ちましょう!
おまけ:主人公が作中で使っている「アストロラーベ」について
実は天文好きな私が、このマンガを読んでもう1つ、超個人的に興奮したことがあるのでちょっと語らせてください。それは……
「私の推し天文道具『アストロラーベ』が使われているぅ!!」
ということ。アストロラーベとは、作中でも主人公が用いていた古代〜中世に用いられた天体観測用機器です。
手のひらに収まるほどコンパクトなものもあるのですが、星の位置測定や予測だけではなく、天体の高度から時間を知ったり、測量などにも使われたりしたマルチツールで、少なくとも4世紀頃から17世紀頃まで広く使われていたようです。
そして、このアストロラーベの推しポイントは、何と言ってもその美しさ! 疲れているときなどに「アストロラーベ」で画像検索するとすごく癒されますよ。
参考文献
- 恒星社厚生閣「宇宙構造観」(荒木俊馬/1962)
- 天文学辞典(日本天文学協会)
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