つまりは脚本そのものの完成度が存分に高いのだが、実は脚本の初稿時点ではループものの要素はなく、「自殺するためにパーム・スプリングスに旅立った30代の男が、人生の意味を再発見していく物語」になるはずだったそうだ。なるほど、この初稿でも確かにラブストーリー、人生の哲学を訴える内容として成立はするだろう。
だが、結果として完成した「パーム・スプリングス」は、やはりループものだからこそのエンターテインメント性と、メッセージの説得力も担保されている。ナイルズは最初こそ単なるチャラ男に見えるが、やがて胸に秘めた孤独や悲壮感が見えてくる。一方でサラも、ループに巻き込まれる前から家族とうまくいかずに絶望の中にいる。そんな2人にとって、ループは共に通じ合うものを見出し、そして恋に落ちるのも必然だといえる、この物語に不可欠としか思えない要素になっているのだから。
余談だが、脚本家はループに巻き込まれたナイルズが、すでに40年間は同じ時空を繰り返していると、裏設定を明かしている。ざっと1万5000回、同じ日を過ごしている彼の心境を思えば、「今までよく発狂せずにいられたよな…」などと同情することだろう。
4:コロナ禍でこそ
ループものといえば、映画では「恋はデジャ・ブ」や「ハッピー・デス・デイ」、アニメ映画なら「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」、ライトノベルやテレビアニメでも「涼宮ハルヒ」シリーズの「エンドレスエイト」など、既に数々の名作が存在する。
だが本作「パーム・スプリングス」を見て改めて思ったのは、先行きが不明瞭な現在のコロナ禍でこそ、こうした同じ日を繰り返してしまうループは、より切実なものとして感じられる、ということだ。
コロナ禍でずっとステイホームやリモートワークが推奨され、いつまでたっても収束の気配もないという「終わりが見えない」状況は、ループものにおける「明日」に行くことができない絶望とどこか似ている。外界に何かを働きかけようとしても、それが感染者の増加/同じ日が始まることで「リセット」されてしまう苦しさも、どこか共通するものがある。
一方で、本作では閉塞した状況でも「自己研さん」はできるということを教えてくれる。コロナ禍のステイホームでも勉強はできるし、何かの創作物を手掛けることもできる。「パーム・スプリングス」をはじめとしたループものでは、同じ時間を繰り返すことで、「次は失敗しないため」「いつかループから脱出して来たる明日のため」たゆまぬ努力をしていく。その姿に、今だからこそ勇気付けられるのだ。
本作終盤である人物が口にする「幸せ」についての言葉は、コロナ禍で生きるわれわれ全てに向けられているようでもあった。このメッセージを見届けるためだけでも、本作を見て欲しいと強く願う。
ちなみに本作は、新進気鋭の配給会社・ネオンと動画配信サービスの米Huluが共同で2200万ドルという、サンダンス映画祭における最高契約金額(当時)で配給権を獲得したことでもニュースとなった。ところが、新型コロナウイルスの影響で全米のほとんどの映画館が休業となったため、上映は限定されたドライブインシアターと、米Hulu(日本のHuluとは別経営)での配信に。そして米Huluでは最初の3日間でオープニング視聴記録を打ち立て、初月で全加入者の8.1%が視聴したほどの人気作となった。
つまり、絶賛で迎えられ、コロナ禍の今の世に最大限にマッチした内容の「パーム・スプリングス」を、映画館という最高の環境で見られるのは非常に幸運ということだ。ぜひ、この終わりのない1日から、明日につながる1本を堪能してほしい。
おまけ:Amazonプライムビデオで配信中の「明日への地図を探して」も要チェック!
「パーム・スプリングス」での「カップルがループに巻き込まれるラブストーリー」というのは特異なように思えるが、実はAmazonプライムビデオのオリジナル作品でも、似た設定(だがテイストは大きく異なる)の映画が存在している。それが「明日への地図を探して」だ。
ループに巻き込まれてしまった主人公が、(同じくループに巻き込まれたことが判明する)女の子と何としてでも仲良くなろうとする様は応援したくなるし、いつもゲームをしているオタク友達と恋愛相談をしている様もかわいい。そんな風に、恋をして努力をする男の子のキュートさも堪能できる物語だった。
もちろん、こちらにもループものだからこその学びもある。街にある「小さな奇跡」を探していくことから、代わり映えのないように思える日常で「輝き」は見つけられると教えてくれる。こちらの作品もまた、ふさぎ込みがちなコロナ禍では希望になるはずだ。
(ヒナタカ)
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