予想を覆して当選したトランプ前大統領 あの衝撃の背景にあった「闇」とは……:映画「ウィンターズ・ボーン」評(2024年米大統領選挙を映画で予習)(2/3 ページ)
米ニュージャージー州在住の冷泉彰彦さんが解説。
映画が持っている底知れぬ「闇」の正体
実は、この「ウィンターズ・ボーン」を監督したグラニク監督はリベラルに属する。また、ベストセラーとなった『ヒルベリー・エレジー』を書いたヴァンスも元は民主党支持者である。そのヴァンスも、そして「ウィンターズ・ボーン」の原作を書いたウッドレルも、海兵隊における兵役を経験している。米軍の現場は孤立主義の共和党よりも、国際協調の民主党の影響力が強い。
では、どうして「ヒルベリー」の抱える絶望が、民主党への敵意に転じたのだろうか。例えば、その「ヒルベリー」出身のヴァンスは、政界入りするにあたって、共和党を選んだのはなぜなのだろうか。そして、軍による国際貢献の価値を認めないトランプ主義が、この「ヒルベリー」を究極とする「忘れられた白人層」を原点としているなどという「解説」は、どうして可能になったのだろうか。
その答えは2010年の「ウィンターズ・ボーン」には明確には描かれてはいない。だが、当時のアメリカはリーマンショック後の深い底とも言うべき状況だった。リーマンショックは2008年の秋に起きたが、実際の株価の底は2009年で、2010年になっても、株価も失業率も「回復」には程遠い状況であった。つまり、グラニク監督としては、誰の身にも貧困や失業という問題が切実に感じられる時代背景を受けて、今作を制作したのは間違いないだろう。
その「貧困や失業への恐怖」に対して、残念ながら当時のオバマ政権は十分な対処は取れなかった。オバマは慎重な経済運営で、アメリカ経済を再建することを優先した。しかし、同時に民間では徹底した「省人化」が進んでおり、何よりも政府財界がグローバル経済へ余りに無批判なことで空洞化が加速した。そんな中で、オバマとしては、景気の緩やかな回復を雇用の拡大に結びつけることはできなかったのだ。
そんなオバマ政権への不満は、2010年には「ティーパーティー運動」という右からの批判、2011年には「ウォール街を占拠せよ」という形で若者の左からの批判を浴びた。オバマとその周辺は、そうした警告に対する反応は鈍いままであった。そして溜まりに溜まった不満は、2016年にはトランプ現象という屈折した形でアメリカを揺るがせたのである。
貧困や失業の問題に加えて、鎮痛剤の習慣化を入り口として、危険な合成薬フェンタニルによる中毒死という社会問題もある。これこそ、まさに「ウィンターズ・ボーン」の世界であり、その「闇」が国全体を覆っているとも言える問題だ。だが、その対策についても、オバマ政権の動きは鈍く、本格的な撲滅運動が動き出したのはトランプ政権になってからであった。今から考えれば、「ウィンターズ・ボーン」の持っている底知れぬ「闇」は、2010年代から2020年代への激動の予兆だったのだ。
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