東京・新宿駅の東口を出たところにある、クロス新宿ビジョン。いつもは巨大な「新宿東口の猫」がいたりするこの場所で今、なんだかちょっと変わった雰囲気の動画が放映されているのをご存知でしょうか。歩いていた足がつい止まってしまうくらい、異質な雰囲気の映像なんですが……。

「会いたいのに会えない」動画の親子は、なぜ離れ離れに?

 異質な雰囲気の動画は、背中を向かい合わせにして机に向かう女性2人が映るところから始まります。ノートに「こわい」とつづる中学生らしき女性、彼女の身に何があったのでしょうか。

出だしからなにやら、尋常ではない雰囲気

 「自由がない」「知らない土地で、家族もいない」とつづる、女子中学生らしき人物。

中学生くらいであろう女の子が、母親と背中合わせで文章を書いています

 一方で、その母親であろう女性もまた「何をされているのか、ただ無事を祈ることしかできない」とノートに綴ります。何があったんだろう……? 

母親も思いをノートに綴ります
「ただ無事を祈ることしかできない」切ない……!

 その後、2人は「会いたい」と顔を向き合わせます。「また一緒に、おいしいご飯を食べたい」「また、あなたの笑顔を見たい」と互いの気持ちを打ち明けます。

重なり合う「会いたい」の文字
二人はとうとう向き合います

 最後に、2人が声を合わせて「絶対にあきらめない」と声をあげたところで、「絶対に忘れてはならない 北朝鮮による日本人拉致問題」という字幕が出ます。なるほど、拉致問題を表現した動画だったわけですね……。

拉致問題を題材にした動画だったのか……!

 毎日顔を合わせる、一緒に食卓を囲む。当たり前に続くはずだった時間が突然奪われて、大切な家族をいつ取り戻せるかわからない──家族が拉致されるとはどういうことなのかを、シンプルな言葉で伝える動画にハッとさせられました。

「北朝鮮による日本人拉致問題」は、2026年の現在まで未解決

 学校の帰り道、デートのさなか、ヨーロッパ留学中。多くの日本人が、ある日突然連れ去られたのが「北朝鮮による日本人拉致事件」です。2002年には北朝鮮が日本人の拉致を公式に認めて謝罪しました。ですがいまだに事件の全貌は解明されておらず、帰国できたのは5名のみ、その他の被害者は今日このときも助けを待っています。

 当時13歳で拉致された女子中学生は、もう61歳。被害者や家族の方々が高齢になる中、「すべての拉致被害者の1日も早い帰国を」と求める日本側に対し、北朝鮮側は「事件は既に解決済み」「他の人は北朝鮮に来ていないか、もう亡くなった」などと主張し、その主張へのきちんとした証拠も提示しないまま、応じない姿勢を続けています。

 そして、いま懸念されているのが「風化」です。時間の経過とともに拉致問題を知らない人は増えていきます。まだ帰国できない人々がいて、現在進行形の問題なのに……。

拉致問題について詳しく解説している動画は【こちら

中学生の発案と、プロの演出を結集させた動画で「風化させない」

 拉致問題を風化させず、さまざまな世代に関心を持ってもらうために、さまざまな活動が行われています。今回クロス新宿ビジョンで放映されている動画もそのひとつでした。

 「会いたい」篇と題されたこの動画は、2023年夏から毎年開催されている「拉致問題に関する中学生サミット」に参加した中学生たちのアイデアをもとに、プロのクリエイティブディレクターたちが演出を加える形で制作されたものです。中学生が発案した動画だったとは……。

2025年夏に開催された「拉致問題に関する中学生サミット」のようす
拉致問題啓発CMの内容を、中学生たちが考えます

 サミットでは、全国から集まった中学生たちが拉致問題について学んだ後、グループに分かれて動画のアイデアを出し合って絵コンテを作成し、演劇仕立てで発表し合ったそうです。

 そしてその中で選ばれた一つの作品に、プロのディレクターの技術を加えてできたのが今回の動画だったんですね。中学生すごいな。

中学生たちがCMの内容を真剣に考案して発表、そのようすは【こちら

考えたCMの内容を、グループごとに劇仕立てで発表
動画制作のディレクションを行った、谷山雅計さん

 動画制作のディレクションを行ったのは、ACジャパンのCM審査などを務めるコピーライター・クリエイティブディレクターの谷山雅計さん。谷山さんは次のように述べました。

中学生のみなさんのアイデアやコピーを「広告のコア」として活かすことを、クリエイティブディレクターとしては何より心がけています。今回のCMも、拉致被害者と家族の方が心でかわす言葉は生徒さんが考えてくれたほぼそのまま。そこにスポットライトの使い方や手紙の文字の見せ方などでプロの演出を加えさせてもらい、少しでも多くのひとの印象に残るよう工夫しました。この試みは3年目になり毎年タイプの違うムービーを制作していますが、中学生の視点にこちらが教えられることもしばしば。「この問題を風化させない」ために、若い世代が真剣に取り組んでくれていることにはいつも尊敬の念を感じています。

 谷山さんのコメントにある「スポットライト」というのは、映像の最後に2つのスポットライトが交差する演出のこと。「離れていたものが交わる」ことで、拉致被害者とその家族が再会するようすを表現したものだそうです。そんな表現方法もあったとは……!

 女子中学生の役を演じたのは、俳優の原嶋凛さん。2026年度上半期放送の、朝の連続テレビ小説「風、薫る」への出演も予定されている俳優さんです。この動画への出演について原嶋さんは次のように述べました。

娘役を演じるにあたり、私が最も深く向き合ったのは「会いたい」という⾔葉でした。
⽇常では感情の延⻑として何気なく使われるこの⾔葉が、拉致という現実の前では、決して届くことのない切実な願いへと変わってしまいます。
演技では感情を強く表に出すよりも、その⾔葉を⼝にすることすら叶わない時間や、⾔葉に⾄る⼿前に⽣まれる沈黙を、どう存在させるかを⼤切にしました。
同世代の⽅々にも、ご⾃⾝の⼤切な⼈を思い浮かべながら、「会いたい」という⾔葉の重みを改めて感じていただけたら幸いです。

 確かに親子の表情や台詞回し、言葉の間からは、互いを思う二人の切実な気持ちが伝わります。それによって、「会いたい」というシンプルな願いが何とかして叶えられてほしい……と、自然にそう思える作りになっていたように感じられました。

 動画の背景を知った上で、演技や細かい演出意図に注目しつつ、改めて見てみたくなりました。

 この「会いたい」篇の動画は2月16日から2月22日まで、全国9カ所の広告ビジョンで放映中。多くの人がこの動画をきっかけに拉致問題を知り、理解を深め、周囲の人と話したり声を上げたりすることが問題の解決に向けた大きな力になります。拉致問題をこれまで知らなかった人も、知っていた人も必見の作品、ぜひ一度ご覧ください。

谷山 雅計(コピーライター・クリエイティブディレクター)
・東京コピーライターズクラブ(TCC)会長
・受賞歴:TCC賞、ACC賞、朝日広告賞、毎日広告賞、日経広告賞ほか多数
原嶋 凛(娘役)
・2007年8月14日生まれ
・2026年度前期 連続テレビ小説「風、薫る」工藤トメ役 ほか

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