1998年5月25日
5月21日午後3時30分,「Dreamcast」発表の舞台となるホテルニューオータニへ。オレンジ色の服を来たスタッフが大勢待ち受ける。プレス関係者,流通関係者などが会場に溢れ,700人の予定だった来場者は,1500人を超えるものとなった。30分前に会場入りしたものの,かなりはじっこの席に座ることとなった。が,発表が開始されたころには,立ち見どころか,会場に入れないほど関係者がいたらしい。 セガの入交社長からマシンのスペックが次々に発表される。Windows CE,SH4,PowerVR2,XG互換音源……。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏がビデオメールでセガとのコミットをアピールしたり,入交社長の顔のグラフィックをグリグリ動かすデモを見てたら,パソコンかワークステーションの発表会にいる感覚に襲われた。決定的なのは,マイクロソフトK.K.,日立製作所,NEC,ヤマハの幹部が入交社長を真ん中にして壇上に勢揃いしたとき(写真)。単なるゲームマシンにはとどまらない「夢」を感じずにはいられなかった。 「Dreamcast」成功のカギを握ると思われるソフトのラインアップや,本体の価格については,残念ながらこの日発表されず。
う〜ん。9月のソフト発表会まで,Dreamcastソフト予想特集でもやるか! 待てよ,NECのPowerVRといえば,このグラフィックシステムに関わりの深い大手ゲームメーカーがあったなあ。ま,いっか(笑)。
途中で会場を抜け出して,会社で第一報を「GAMESPOT」にアップデート。続いて詳細を連続してアップする。この日の「GAMESPOT」アクセス数は過去最高を記録する。 5月22日,午前9時セガが自社ホームページ内に 「Dreamcast専用BBS」を設置する。個人ユーザーたちの意見がものすごい速度で書き込みされていく。「Dreamcastはすごい!」というのから,「もっと高い機能を期待したのに残念」というものまで,いろいろ。ピーク時には30分以上もセガのサイトにアクセスできないことも。ファンの注目度の高さを物語っていた。書き込まれている内容には,スペックに対する批判も少なくない。セガマニアとして納得できる意見もあるが,もうちっとビジネスという面を勉強してから発言すべきだと思うが。 このころから米国のゲーム情報サイトでも,かなりの記事が掲載され始まる。中には「参入メーカー一覧」を,どこから聞いたのか掲載するサイトも。これが本当なら家庭ゲームの市場,歴史が大きく変わることになる。 前日,TVのニュースで大きく放映されたこともあり,社内はもちろん通勤の電車内でも「Dreamcast」の話題で持ちきり。僕はといえば,関係会社などに電話取材を重ね,「GAMESPOT」に追加情報を掲載する。 5月23日,午後4時開幕のワープの「Dの食卓2」の発表会へ。2時間前に会場の東京国際フォーラムについたが,一般ユーザーも入場できることから会場の前には長蛇の列が(写真)。予想を上回る来場者が詰めかけ,5000人の会場で2回公演をおこなうほどの大人気となった。中には沖縄から来たファンもいたとか。特に関係者を招待した第1回公演では,セガの社員さんも多数みかけた。お互いコレクションに「D2」は早速加わりそうですね,セガの竹崎さん(笑)。このイベントは,NTTとの協力で光ファイバーを使って衛星生中継されていた。 ぎっしりと詰まった会場で,隣に座っている人の白い目を気にしながらも写真を撮りまくる。詳細は記事を参照していただきたいが,ワープ代表の飯野氏自ら「Dの食卓2」を記念すべきDreamcast用ソフト正式発表の第1号として発表した(写真)。 1回目の公演が終わるや否や,タクシーで帰社。「D2はDreamcastで登場」の記事を速攻でアップ。会場とソフトバンクが近い位置にあったことが幸いし,1回目の発表会終了後,わずか40分で「GAMESPOT」にニュースとして紹介できた。 ようやく一息ついたら,この数日間ほとんど寝ていないことに気が付いた(もちろんセガ,ワープ,そしてマスコミの関係者たちはみなそうだろうが)。心地よい疲れの中,「GAMESPOT」の高いヒット率報告に喜ぶ。これで大手をふって色んなゲームに関する特集企画を提出できる(笑)。セガを愛して15年。SG-1000のソフトを求めて北海道から九州まで旅し,テラドライブを借金して購入し,1本20万円のサターンソフトの予約に命を駆けたバカな男に,セガの神様は新ハードで「夢」を見せてくれた。 [ITmedia]
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