――1913年春,パリ。
霧雨の降る夜,その猟奇殺人事件は起こった。
バラバラに食い散らかされたかのように散乱した人間の肉塊が石畳の上に発見されたとき,警察が一番驚いたのは,被害者の身体の大部分が現場に残っていないことだった。 その死体はまるで「ライオンに食われたよう」と,翌日の新聞の一面を飾り立てることになる。
遺留品から割り出された被害者は,イギリス人神父と判明。
一人娘と2人でパリを訪れていたことがわかった。
しかし,現場からは娘の死体とおぼしき遺留品は見つからず,行方不明として処理された。
――それから一カ月後……
澄んだ星空の下。
広大な中国大陸を力強く走る蒸気機関車。
長春から大連に向かうその列車の中を,一人の英国人紳士が歩いていく。
まばらな乗客に優しげな微笑を返しながら進む紳士。
最後尾のラウンジカーは日本軍による厳しい警備で固められていた。
ソファーに腰をおろした将校は,隣に座る銀髪の少女に好奇の視線を送り,大きなあくびをした。
「……まったく,こんな娘にどんな力があるというんだ?」
「辻少佐,まもなく夜が明けます。じきに奉天に到着いたしますので」
「ふん……」
そのとき車内に悲鳴が響き渡った。
紙切れのように体を切断され,倒れる日本兵。
現れた英国人紳士は微笑んだまま,じっと少女のほうを見ている。
「な,なんだ,貴様っ!?」
「私はロジャー・ベーコン。そのご令嬢をお迎えに参りました……」
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