「ゲームは開発メンバーのもの」――シグナルトーク・コーポレーションはクリエイターの理想郷となるか:シグナルトーク・コーポレーション 栢孝文氏インタビュー
前例のないプロジェクトファイナンスによる資金調達で話題を集め、ゲーム開発の現状に一石を投じたシグナルトーク・コーポレーション。代表取締役の栢 孝文(かや たかふみ)氏へインタビューを行った。
「小さなデベロッパーであり、小さなパブリッシャーである」と語るシグナルトーク・コーポレーション代表取締役の栢 孝文(かや たかふみ)氏は、プロジェクトごとに資金を調達しゲームを開発、かつあくまでもオリジナルブランドである点を挙げ、国内では珍しいオンラインゲーム会社であると強調する。
会社で資金を集めるという方法を取っていないため、どこかの色がつくわけでもなく、どこかとだけ強い結びつきがあるわけではない。非常にフットワークが軽く、制限を受けることなくさまざまな会社と業務提携できるのがこの会社の強みといえる。
元々、セガやソニー・コンピュータエンタテインメントでゲーム製作に携わっていた栢氏は、大小さまざまな仕事をする課程で、大作&続編ばかりになる市場をあまり好ましい状態ではないという思いに至る。「もちろん大作や続編は自分も遊ぶし、あってしかるべきだが、そればかりになるのはいかがなものか」と、ゲーム雑誌に掲載されているタイトルを例に出す。ゲーム会社であればせめてここに掲載される半分は、新作であるべきだし、それがゲーム会社としての使命なのではないかという持論だ。
栢氏が、セガで「チューチューロケット!」の企画・開発を行っていた頃は、新ハードが続々と登場し、3Dモデリングなどの新技術を使用するのに開発費が跳ね上がった時期だった。次世代ハードへと進歩するたびに上がる開発費は、1タイトル何千万円から何億円へとかかるようになり、リスクを会社が負えなくなってきていた。小さな会社ではパブリッシャーに背負ってもらっていたものも、時代が進むにつれ徐々にそれも無理になっていき、危険な賭けでもある新作の開発が難しくなったのだ。
こうして、マーケティングが予想できる大作&続編しか作れなくなっていく。だからこそ栢氏は、リスクを冒さずともゲームを作れる仕組みを立ち上げる意味があったという。参考になったのはハリウッドの映画製作ですでに確立されていた、プロジェクトファイナンスというシステムだった。
邪魔になるのは株主?
株主というのは、株式会社のオーナーであるという位置づけ。利益が出れば株主にも分配しないといけない。しかし、プロジェクトファイナンスである以上、そのプロジェクトで出た利益は、プロジェクトに関わった人間で分配するのが原則となる。
「ゲームは第一に遊んでくれる人のものであり、製作に携わった開発者のモノ」とする考えの元では、株式以外での方法で資金を調達しなくてはならなかったのだ。だからこそ、プロジェクトに関わったスタッフで、利益の50%を分配するのだという。会社の成長とクリエイターへの還元がなくては、新しいものは生み出されないという考えが元になっている。
株式会社では利益が出ると、それを株主に分配するか、次への投資へと使われないと株主が黙ってはいない。しかし、プロジェクトファイナンスでは、純粋にプロジェクト単体での評価で利益を享受できる。成功すれば、関わっていたスタッフ皆で、成果に則したボーナスを手に入れることになる。もちろん、失敗すればボーナスはない。
こうしてプロジェクトファイナンスを立ち上げ、シグナルトーク・コーポレーションが世に送り出したのが、なぜか麻雀ゲームだった。
なぜ麻雀ゲームでなくてはならなかったのか
シグナルトーク・コーポレーションがプロジェクトファイナンスで立ち上げようとしたものが、オンラインゲームで、しかも麻雀だったのには訳がある。投資家の人々に、新しい仕組みと新しい会社を理解してもらうためには、何が重要かと考えた際、誰しもがイメージしやすいゲームでなくてはならなかったのだ。前例がない仕組みを提案する際、“新しいものばかり”では、理解に及ばないのではないかという結論だ。そして、なによりもスタッフが皆、麻雀が好きだったのが大きかったと栢氏は語る。
ゲームをたくさん作ってきたが、麻雀がやっぱりゲームとして面白いと語る――「なんといっても開発期間約2〜3000年ですよ? 日本に入ってきてからも100年以上経っているゲームなだけに、ブラッシュアップもされているし、ここ数年でルールの変更も行われており、奥が深いんです」と真剣。こうした既存のゲームに負けてしまうのは悔しいと栢氏は語る。栢氏は麻雀に負けないゲームを作るのが一生の目標としているのだとか。だからこそ、まずは麻雀に真摯に向き合おうと思ったという。「ただ、向き合ってみたらエライ目にあってます」と苦労もしている様子
こうして、プロジェクトファイナンスによる資金調達で話題を集めた、シグナルトーク・コーポレーションブランドの第1弾が、究極のオンライン麻雀ゲームを目指した「Maru-Jan」となった。既存の麻雀ゲームを駆逐し、わずか1年間で5万人以上の会員を集め、現在日本で一番遊ばれているオンライン麻雀ゲームへと成長した。
日々、研究に余念がなく、こうしてトップを取ってからも新しい試みを模索し、全自動麻雀卓を社内で持ち込み、日々真摯に麻雀に向き合っている。その成果は早い時期に披露できると思う、と栢氏は自信を浮かべる。
今後はどうなのか
もちろん、麻雀というモンスターと戦いながらも、新しいプロジェクトは動き出している。Yahoo!ゲームで配信中の新感覚大回転パズルゲーム「まわりっぱ」のほか、数本企画が動き出しているという。当面はPCを中心として、ポータルサイトを利用したオンラインビジネスを推し進めていくようだ。今後は海外での同時展開も視野に入れ、大きく飛躍の年にしたいとしている。
ここ2年で劇的に“投資”は変化してきている。投資についての理解も求めやすくなり、ちょうど時代の流れに乗っている感じがすると、栢氏は今後もこの流れは加速していくだろうと予測する。近いところでは、オンライン広告代理店業界が投資する案件も増えてきている。長期的に見ても、流れはよくなってきているので、今後は追随してくるファンドも増えてくるだろうし、韓国や中国などのアジア各国との提携も増えてくるだろうと、さらにグローバル化していくことを示唆した。
比較的オンラインゲームは、家庭用に比べて開発費は抑えられている。実際、「Maru-Jan」も5000万円で開発されている。しかし、今後は開発費の上昇は避けられず、1タイトル1億、5億と費用がかかるようになっていくのは明白だ。新規のタイトルで、既存のタイトルと戦おうとすると、それだけ資金は必要となってくるだろうし、家庭用ゲームを例に出すまでもなく、大作や続編主義への時代は短期間で訪れると警鐘を鳴らす。「その際、新しいものを生み出せるプロジェクトファイナンスという考え方を持っている会社が生き残れる一因になるだろう」と栢氏は語る。
「その代わり、クリエイターにとってはシビアにもなる。責任の所在が明確となるため、プロデューサーもゲームの内容だけでなく、ビジネスとしてバランスを取れる人材でなくてはならなくなる。業界を目指す人も、業界にいて独立を考えている人も、ひとつの例としてシグナルトーク・コーポレーションがあり、クリエイターにとっての理想を叶える場となれればと思っている」――シグナルトーク・コーポレーションでは独立志向のあるクリエイターを募集している。こうした形態を持った会社がこれから増えていき、閉塞したゲーム業界に新しい風を吹き込めないかと期待しているという。「その頃にはゲーム業界ではなく、オンラインエンターテインメント業界となっているかもしれない」と、今後の展開を大いに語ってくれた。
栢氏は、2月9日〜10日の両日、日本教育会館にて開催されるブロードバンド推進協議会主催「アジア オンラインゲーム カンファレンス 2006 東京」でセッションが予定されており、まさに「オンラインゲームプロジェクトファイナンス事例」と題して講演する。ここでは、どんな方法があって、どんな事例があるのか。また、問題点はなんなのかと、さらに中身について触れていくという。
「お金をためなくとも、借金しなくても」独立してゲームを開発する手段はある。ゲーム作りを一生の仕事にしたい」と栢氏は意欲を見せる。新しい市場を作りつつ、その市場を飽きさせないことに尽力していくという表明である。
シグナルトーク・コーポレーションを立ち上げ、プロジェクトファイナンスを成立させるために、栢氏は1年間に800人に面会し、投資を募った。途中、食べるものにも窮した時期があった。もちろん成功もあれば失敗もあるだろう。プロジェクトファイナンスに、そしてそれを成功させつつあるシグナルトーク・コーポレーションの動向に、これから注目するべきだろう。こうしてある程度の可能性を示したことに、今後の活躍と飛躍を期待したいと思う。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.