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大学からゲームメーカーへ――AI研究で広がるステキなゲームの世界とは?(前編)ゲームとアカデミーの素敵なカンケイ(第2回)(2/3 ページ)

「ゲームと学術界の素敵なカンケイ」第2回は、学界からゲーム業界に飛びこみ「ゲームAIの研究と実用」を志すフロム・ソフトウェアの三宅陽一郎氏をフォーカス。前編をお届けします。

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 一つ、注意すべき点がありまして、人工知能の学術的研究では「ゲームAI」と言えば、ほとんどの場合、将棋やチェス、囲碁などボードゲーム上のAIをゲームAIを指します。ところが、「デジタルゲームのAI」はそういった「ゲームAI」とも異なる点を持ちます。

 やや詳細になって申し訳ないのですが、学術的な「ゲームAI」においては、「ゲームのルールが固定されていて、AIがプレイヤーの代わりである」ことが前提になっています。これは、「ゲームを打つ人間の代理」であって、学術的な人工知能の系譜の一つでもあります。しかし、「デジタルゲームのAI」は、2つの点で、そういった「ゲームAI」とは異なります。

 まず一点は「仮想空間の中の知性である」という点、もう一点は「AIがゲームの一部である」という点です。後者は何を言っているかと言うと、皆さんもゲームをすれば敵が出て来てやっつけるという体験をしたことがあるかと思いますが、ああ言った敵AIというのは、プレイヤーの代わりのAIではなくて、ゲーム世界の中にゲームデザインの要求に沿って配置されている「ゲームの一部としてのAI」なわけです。

 AIは囲碁や将棋などの「現実のプレイヤーの代理の知性」として存在するのではなく、敵忍者の動きであったり、巨大砲台が動作するためのアルゴリズムであったり、ゲームの仕組みそのものの一部として「デジタルゲームAI」が存在するわけです。格闘ゲームやスポーツゲームでコンピュータとの対戦AIがありますが、それはプレイヤーと同等の条件でなく、もっとゲームに溶け込んだ存在として人間を楽しませるために動作しています。デジタルゲーム製作では、ほとんどの場合、ゲーム製作の進行と並列して、そういった「デジタルゲームAI」をデザイン、実装していきます。

 このように、デジタルゲームのAIは、学術的な人工知能の系譜においても独立した分野であるとともに、また、これまで研究された来た学術としての「ゲームAI」からも独立した分野でもあります。この点については、人工知能分野の中でもきっちりと認識されていないので、、丁寧に時間をかけて、デジタルゲームAIが独立した分野であることを、はっきりと示して行く必要があります。

チェスや将棋、囲碁などは限定された条件下だが、昨今のデジタルゲームの場合は無数の状態が存在する

三宅 アプローチがそもそも異なっていることを理解する必要があります。学術の世界で「ゲームAI」という場合は、「ルールが確定したゲームを解く」ことが問題になります。そういった問題を解決するためのAIです。これは、ゲームを外側から見ているAIですね。しかし、デジタルゲームのAIは、ゲームそのものに含まれてしまっています。もちろん、ある格闘ゲームや戦略ゲームなどでは、プレイヤーに対する対戦者のAIを作ることもありますが、それも対戦としてのAIよりは、プレイヤーを楽しませるためのゲームの一部として作る場合が多いです。

 将棋や囲碁などのAIは長い時間をかけて学術的にも認められた分野になって来た歴史を持ちます。そういった分野は、現実という複雑過ぎる問題を解くには、まだあまりにも未熟なAIの試す場として、大きな役割を持っているのです。「デジタルゲームAI」というのは、まだ始まったばかりの分野とも言えます。研究分野として確立しているとは言い難い状況にあり、研究をしている研究室も数えるほどしかありません。そのため、デジタルゲームのAIの知識を大学で学ぶ機会は限られたものであります。

 これは日本の現状なんですが、アメリカでは少し違っています。この8年のことですが、バーチャル・リアリティーを研究していたMIT(マサチューセッツ工科大学)のメディアラボのエージェント(仮想世界内の動物)の研究が端緒となって、キャラクターAIの一つの流れを形成して来ました。特に、この研究室がGDC2000(米のゲーム開発者会議)で発表した「C4 アーキテクチャ」という「エージェント・アーキテクチャ」(AIを作る枠組み)は、現在のFPSのキャラクターAIを基礎付ける重要な仕事でした。実は、そのラボ出身のゲーム開発者たちがXboxの人気FPSシリーズ「Halo」のAI、同じくFPS「F.E.A.R」のAIを作り上げて来ました。実はこれが今、最先端のデジタルゲームAIとなっています。そして、FPS分野に限らず、仮想空間内でリアルな知性を作ろうとする開発者には、「エージェント・アーキテクチャ」は必須の枠組みとなっているのです。これは、何も産学連携をしよう、と大きな試みがあったのではなくて、自然に、個人的な人材の移動によって学から産業へ技術がすっと入って来た例です。

 やはりアメリカでは「学術+産業」といった形でデジタルゲームAI技術が加速しつつある。デジタルゲームAIという分野が形成されつつあります。研究分野として認知され始めていますし、学会での講演や発表論文も幾つかあります。しかし、その流れが日本へは全く来ていません。それは、日本の作るゲームAIがそういった高度なAIを要求して来なかったからか、或いは、そういたったゲームAIの技術を単に知らないから、ゲームデザインが変化しなかったのか、どちらかを決めることはできませんが、何れにしろ、日米のゲームAIで、大きな差を作ってしまいました。

 また、日本のゲーム産業は基礎研究体制がなく、ゲームタイトルのための実働のスタッフを採用する傾向にありますから、うまく研究と結び付くことができなかったからかもしれません。

―― アメリカのエレクトロニックアーツが南カリフォルニア大学と協力してゲーム開発者を育て始めています。

三宅 そうですね。アメリカでも数年前までは大学で、それほどゲームコースがあったわけではありませんでしたが、情報系の新しい人気を集める学科として、さまざまな大学に徐々に設置され始め、今ではゲーム開発を学べるたくさんの大学のコースがあります。そういった学科をインターネットで探せば、たくさんの講義資料を見つけることができますし、ゲームAIの授業も見つけることが出来ます。驚くほど充実したゲームAIの過程もあります。また、そういった学科が出来ると同時に、アメリカではゲーム開発というのは、きちんと研究するに値するだけの広がりを持っていると認知され始めています。CG分野はかなり昔からそうでしたが、AI分野でもその兆しがあります。

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