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大学からゲームメーカーへ――AI研究で広がるステキなゲームの世界とは?(後編)ゲームとアカデミーの素敵なカンケイ(第2回)(2/3 ページ)

「ゲームと学術界の素敵なカンケイ」第2回は、学界からゲーム業界に飛びこみ「ゲームAIの研究と実用」を志すフロム・ソフトウェアの三宅陽一郎氏をフォーカス。後編をお届けします。

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―― よりプレイヤーの行動に対して的確な反応をしてくる、と。

三宅 そうですね。状況に応じた行動がその都度生成されるというのは、非常に人間的な知性と言えます。デジタルゲームのAIには大切な属性が2つあります。それは「時間」と「空間」です。

 まず「空間」をどれぐらい自由に使いこなせるか。ここで言う空間は、地形や障害物や道具などを含んだ空間のことです。昔は、キャラクターが特定の場所にとどまっているだけでしたが、今はパス検索(経路発見)という技術があって、キャラクターが任意の場所に移動できる技術があります。これによって、AIの行動範囲が大きく広がりました。また、オブジェクトにAIの行動の指針となる情報をあらかじめ埋め込んでおくことで道具を使えるようにする「知識表現」やマップ全体にまたがるグローバルな地形に、いろいろな条件を埋め込んでおくことで、地形を知的に処理して行動できる「世界表現」があります(例えば、その場所の明るさを情報として持っていれば敵に見つからない暗い道を通ることが出来る、など)。

 また、もう1つは「時間」をどう制御するか。ファミコン時代のAIは、基本的に単発の動きしかできませんでした。せいぜい1〜10秒ぐらいですね。AIがプレイヤーにどのくらい動きを見せるのか、それが近年徐々に長くなってきているんです。「F.E.A.R.」では10秒から15秒ほど、「Halo 3」では60秒くらいあります。そういう風にゲームの中でAIが支配できる時間を増やしていくためには「プランニング」という技術が必要だったわけで、これは今後のデジタルゲームAIの中心技術の1つになると考えられます。私が人工知能開発に携わった「クロムハウンズ」(フロム・ソフトウェア開発)も実は「F.E.A.R.」を解説した論文を参考にしています。クロムハウンズでは「行動プランを決める」、「敵基地に行くために哨戒する」、「敵基地を見つけたら仲間に知らせる」、「仲間を集めて基地に行く」といった戦略に対し、それを達成するための一連の行動プランをゲームの状況に合わせて自動的に作成していきます。これが一つの戦略を複数のアクションのプランとして作成するのです。戦略、戦術、アクション、というった階層になった要素を、上から下に分解して行くので「階層型ゴール指向プランニング」と呼ばれています。一つの戦略を実行する時間(プランを実行する時間)はだいたい3〜5分くらいです。

 この「時間」と「空間」は独立した問題でもありません。マップが広くなって移動距離が長くなるということは、当然長い時間制御が必要になって来ます。AIにとって次世代機によるマップの拡大は、実にこの「時間」と「空間」の拡大をもたらしたために、それに対応するAI技術が必要とされたわけです。つまり「時間」にはプランニングが、「空間」には「パス検索」と「知識表現」「世界表現」と言ったようにです。

クロムハウンズのAIは「戦略層」、「戦術層」、「振る舞い層」、「操作層」にレイヤーわけされ、それぞれの目的に応じてAIが行動をチョイスしていく

これからのデジタルゲームAIはどういう進化を遂げるのか?

―― デジタルゲームの中でAIはどういう形で進化していくのでしょうか?

三宅 アメリカの場合は、ジャンルとしてFPSが流行していますから、その流れの中でAIを使いこなしていくことが今後も予見されます。今までは、敵のAIだけを制御していたのですが、最近は自分の味方に指示を出したりと言った「AIとコミュニケーションをとる」そういうところで面白味を出そうとしています。FPSというのは同ジャンルのタイトルが多く、商業的にも非常にシビアな世界ですから、いかに他のタイトルとの差別化をするかが重要です。まずはやっぱりCG面での比較が1番大きいですけど、徐々にAIの優劣についても語られるようになっています。

―― そういったところでは、AIの懐の深さも今後の課題になってくるかと思います。AIがゲームの中でプレイヤーにどのような経験を与えてくれるのでしょうか。

三宅 それは最も重要な問題であり、もっとも難しい問題ですね。それこそが、デジタルゲームAI分野そのものであると言ってもいいでしょう。オンラインゲームの台頭は、デジタルゲームAIにとって脅威と感じていましたが、最近はそうでもないと感じています。AIを使ってしか、出来ないゲーム体験というものがあるはずであり、AI技術を使って、そういった体験を探求して行かねばなりません。もっとも単純な例が、人間は自分を攻撃して来たキャラクターを「敵」と認識します。実際、NPCに「敵意」があるわけではないですが、人間はそこに「敵意」を見出します。これは、あまりによく知られた効果で、デフォルトとして使用されているもので、この心理的スイッチを用いて様々なゲームが作られて来ました。なので戦闘的なゲームは、非常に簡単化して言ってしまえば、AIに攻撃させさえすれば、ゲームとして成立させることが出来ます。難しいのは、日常系のAIです。シムシリーズとか、街をテーマにしたゲームの中のNPCとか……。そこでは、戦場のように、状況が極限化していないために、多種多様な行動が許されています。しかし、日常系のAIについても制御方法の研究も進んでいて、「シムピープル」(EA)のAIの制御法は非常に工夫されています。

 デジタルゲームでは、知能を正直に賢くして作ることが目標ではなく、ユーザーのゲーム体験の主観の中で知性を表現してやることこそが大切です。ユーザーが、それを知的である、賢い、などと感じてくれればいいわけです。

 つまり、キャラクターをどう制御すれば、ユーザーはそれを知的であると感じてくれるか、面白いと感じてくれるか、という面を探求してノウハウを築いて行く必要があります。米では、「AI Programming Wisdom」という書籍に、そういったノウハウが集積されています。日本は書籍という意味では皆無ですが……。

 例えば、まず敵のAIに関しては……今ユーザースキルは二極化していますよね。とても上手い人と、操作ができるビギナーみたいな感じで。そこで、難易度調整という意味でいろいろなところでAIのレベルを落とす、といったアプローチがあります。例えば、FPSだと敵が照準を外すというのがよくあります。もちろん1発目は外すというのがセオリーなんですが、プレイヤーを狙う照準を外したり、判断をちょっと甘くしたり。例えばゴール思考のAIであれば、一番上の選択できる戦略を抜いてみたり。そうするとAIの選択肢が狭まるので敵の攻撃や行動に穴が生まれてきます。つまり、敢えて隙をたくさん作ってやるわけです。そうやって、ユーザーに合わせて賢さを調整するということもノウハウの一つです。

 

 また、プレイヤーの仲間キャラクターのAIとしては技術的な側面よりも、プレイヤーとのコミュニケーション、つまり演出という面に注意が必要です。面白いことにプレイヤーが、味方のAIに要求するものと、敵のAIに要求するものが違います。Haloシリーズの魅力というのは技術力というのはもちろんなんですけど、演出がうまいですよね。例えばHaloシリーズでは、プレイ中に仲間がいろいろなセリフを語りかけてきます。AIはいくら技術を入れても、あんまりプレイヤーにその賢さを感じてもらうことが難しい。CGは目に見える3次元の技術ですが、AIはそこに時間軸がある、つまり4次元の技術だからです。。新作ゲームのスクリーンショットを見ただけでは、そのゲームのAIの善し悪しが分からないですよね。プレイして初めて分かる、そこはインタラクティブなところです。どんな高度な思考が入っていようと、ユーザーがこれを感覚的に分かるためには時間と機会が必要です。

 ところが、演出というのは、直接ユーザーの心に訴えます。Haloでは、状況に応じてたくさんのセリフが用意されています。これは、AIの内面を表現することで知性を演出するというアプローチですね。これはHalo シリーズが一貫して使って来た方法です。敵のセリフは敵が状況を理解していることをユーザーに知らしめることで、賢さを感じさせるために使用します。味方に対するセリフは、味方AIが自分をどう認識しているか、仲間としての感情を喚起するために使います。

「AIとのゲームのプレイ感」という数値化しづらいものも、こうやって明示されると理解しやすい

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