ユーザーがお金を払いやすくなる仕掛け――アイテム課金が優れている理由:野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン(3/3 ページ)
ソーシャルゲームでのマネタイズの特徴として、「欲を生み出すこと」「無料と有料の違いを演出すること」が挙げられる。そして、ゲームでの時間短縮機能を「高級肥料」として販売するなど、課金対象をアイテムとして具現化することが、課金をうながす上で効果的であるようだ。
“課金対象”という考え方
「欲を生み出すこと」と「有料と無料の差の演出」の根底に、重要な考え方がある。それは“課金対象”である。
筆者はこの言葉を、有料化の対象を戦略的に選んでいくことをイメージして使っている。まさに、マネタイズ(金銭化)の対象を意味するが、意外にも概念化して語られることが少ない。
これまでの課金対象は、商品というモノの所有権であった。商品の使用価値は消費する人によってまちまちなのだが、所有すること自体が課金対象となっていた。しかし、オンラインでサービスとして提供するようになると、所有権という概念が使えなくなる。今後のクラウドコンピューティングの進展で、さまざまなものがサービス使用権として提供されるようになると、これはゲーム業界だけの問題ではなくなる。
そこで、課金の対象として何を選ぶか、積極的に考えなければならない。ゲーム以外にも、さまざまなWebサイトを見てみると、実に複合的な価値を提供しており、有料化の対象はその一部であることが分かる。例えばオークションサイトの場合、カタログの閲覧や入札は無料だが、出品や商品販売時の手数料が有料である。入札や買い物の楽しみには課金せず、不用品を販売して現金化する利便性について課金していることになる。そのほか、決済仲介など安心と利便性のサービスが有料である。
無形のところに課金をする場合には、その対象となる範囲を決めなければならない。税金の場合、課税対象という概念がある。不動産の価額(固定資産税)、買物をした金額(消費税)といった課税対象について、それぞれ税率を決めている。
ゲームでの課金対象の設定は、繊細なものである。ユーザーの人間関係(ソーシャル)を課金対象にする場合でも、やり方によって180度違う効果になる。フレンドリストを仮想アイテム化して販売すれば、ゲーム内で友達が増えることについて課金することになる。あるいは、友達をインバイト(招待)すれば有料アイテムを買ったのと同等のサービスが受けられる仕組みが、ソーシャルゲームによく見られる。インバイトする友達が少なければ有料利用することになり、間接的だが友達が少ないことに課金していることになる。
ゲームの強みは、課金対象を設定したら、それを仮想アイテムという形に具現化できることである。課金対象をアイテムとして可視化することで、ユーザーの納得が得られやすくなる。ゲームでの時間短縮機能を1時間につき100円で販売するとしよう。仮想世界の時間というとらえどころのないものに直接に値札が付けられても、慣れない人は戸惑うだろう。そこで、時間短縮機能を持つ肥料や体力回復剤などに可視化するのである。
アイテム化することで、無料アイテムと有料アイテムの比較という、前述の判断基準に持ち込みやすくなる。シンプルな家具とゴージャスな家具というように、目で見て比較できれば、そこに価格の違いがあっても不思議はない。回り道をしているようだが、形のない課金対象をわざわざ仮想アイテムという形に顕在化させることに、アイテム課金の強さがある。
こうして先端的なゲームの事例を見ると、無料サービスは単に集客のためにあるわけではないと分かる。無料であることを戦略的に使うためのマネタイズ理論について、もっと考える必要があるだろう。
野島美保(のじま・みほ)
成蹊大学経済学部准教授。専門は経営情報論。1995年に東京大学経済学部卒業後、監査法人勤務を経て、東京大学大学院経済学研究科に進学。Webサービスの萌芽期にあたる院生時代、EC研究をするかたわら、夜間はオンラインゲーム世界に住みこみ、研究室の床で寝袋生活を送る。ゲーム廃人と言われたので、あくまで研究をしているフリをするため、ゲームビジネス研究を始めるも、今ではこちらが本業となり、オンラインゲームや仮想世界など、最先端のEビジネスを論じている。しかし、論文を書く前にいちいちゲームをするので、執筆が遅くなるのが難点。著書に『人はなぜ形のないものを買うのか 仮想世界のビジネスモデル』(NTT出版)。
公式Webサイト:Nojima's Web site
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